止めるつもりだった。
絶対に止めるつもりだった。
どんなに恨まれても、許されることがないとわかっていても、止めてやるつもりだった。
ガンッキンッカァーン!
それなのに、そのはずだったのに…
ガッガガッ! キンッキキィンッ!!
見とれてしまっている私がいる。
見惚れてしまっている私がいる。
ガンッガッガァアァーーン!!!
それはまるで演舞のようだった。
それはまるで演劇のようだった。
それはまるで歌劇のようだった。
ガッキンキキィンッガッキンカァアーンッッ!!!
互いがぶつけ合いぶつかり合う、互いの魂の化身とも言うべき剣が奏であうその響き、その音色、その音楽は私の心を魅了する、私の心を捕らえて放さない。
ガッガガガッガガガガガッッガガガガガガガガァァァアアアアァァーーーンッッ!!!!
ロンド
それは、”輪舞曲”だった。大きく輪になって踊っているようだった。
ワルツ
それは、”円舞曲”だった。互いに廻りながら踊っているようだった。
コンチェルト
いいえ、それは”協奏曲”だった。互いに競い合い、高め合い、奏で合う。
私には、もはやこの曲を止める手だてはなかった。
〜第十八章〜
〜聖剣と、夫婦剣の協奏曲〜
どれだけの時間、打ち合ったかわからない。
半日以上打ち合っている感じもあれば、まだ何分も経っていないようにも感じる。
セイバーと打ち合うのが面白い。セイバーと打ち合えるのが嬉しい。セイバーと打ち合えるだけで楽しい。
戦いを面白いと感じるなど、いつ以来だろう。戦いは呼吸のようなものだったのに。
戦いを嬉しいと感じるなど、いつ以来だろう。戦いは歩行のようなものだったのに。
戦いを楽しいと感じるなど、いつ以来だろう。戦いこそが人生そのものだったのに。
互いに奏で合う剣戟をBGMに、永遠に舞っていたいと願うほど、この時間はあまりに甘美であった。
「…だが、そういうわけにもいくまいな」
思わず漏らした言葉に、セイバーがかすかに微笑を浮かべて応じる。
「こちらとしては、いつまででもいいのですが」
「非常にありがたい申し出だが、その願いが叶うことがないことは、お互いとうに知っていることだな」
「……………」
渋い表情をするセイバーに、変な懐かしさを感じて、思わず笑ってしまう。
「まあ、そう渋い顔をするなよ、セイバー。これからとっておきを見せてやるからさ」
長い…気の遠くなるほど長く積み上げてきたもの…それすらも否定してしまいたくなるほどの永い年月が経ったというのに…たったはずだったのに…
「そうですか、とっておきの作戦を考えてきた訳ですね。前のような下らないものじゃないことを願いますよ、シロウ」
「まあ、見てのお楽しみって奴だ」
それらをすっぱりと忘れさせるほど、自らがあのころに重なり合ってしまっているように感じる。
だが、踏み越えてきたものは忘れていない。うち捨ててきたものも忘れはしない。
それでもなお、自分の中にあったもの、風化し空っぽになったと思いこんでいた自分に残されていたもの。
答えはいつでも自分のそばに・・・自分の中にあったのだ。
「行くぞ、セイバー!!」
「来い! シロウ!!!」
しんぎ むけつにしてばんじゃく
「鶴翼、欠落ヲ不ラズ」
二刀の夫婦剣を同時に全力で放つ。
上空を美しく飛翔する鶴翼は、左右同時からセイバーへと襲いかかる。
その迎撃不可能の攻撃を…
ガッガインッ!
…セイバーは当然の如く…予想通り、迎撃し、その軌道を容易くずらした。
防がれようと弧を描いて戻ってくるはずの双剣は、軌道を狂わされてセイバーの背後へと飛んでいく。
「それだけですかっ!」
その言葉とともに、まっすぐにつっこんでくるセイバーに対し、新たな二刀を以て立ち向かう。
「なら、打ち砕くのみ!!」
干将莫耶ごと両断せんとばかりに、ありえないほどの魔力をこめた一撃を放たんとするセイバーに…
ちから やまをぬき
「心技、泰山ニ至リ」
…有り得ない方角から奇襲があった。
「なっ……!?」
未来予知じみた勘の良さで、セイバーは背後から飛翔した莫耶をかわした。
その絶対の隙をつき、干将を叩きつけ…
「っ、は……」
セイバーの剣の前に砕かれた。
…そう、これがセイバーだ。
背後からの奇襲と、全力で放った一撃を同時に防ぎ、加えて、正面から切り伏せにいった干将を打ち砕くという極悪さ。
そのセイバーを相手にするからこそ、積み上げ、練り上げたのだ!
つるぎ みずをわかつ
「心技、黄河ヲ渡ル」
…それほどでなければ、布石を打った意味がない……!
「もう一つ……」
いっとう
二度背後から飛翔する”干将”。
言うまでもない、それは投擲し、セイバーに弾かれた一度目の双剣だ。
干将莫耶は夫婦剣。
その性質は磁石のように互いを引き寄せる。
つまり……この手に莫耶がある限り、干将は自動的にオレの手元に戻ってくる………!
「はっ……!」
神業めいた反応速度を以って、セイバーは背後からの奇襲を避ける。
その、これ以上はない無防備なはずの胸元へ…
「…なっ!」
…それすらも知っていたと…二度目はないと言わんばかりに、オレが繰り出す前の莫耶をセイバーの聖剣が打ち砕いた。
「…………………」
時間が凍りつく。
二つの干将莫耶、四つの刃による前後からの同時攻撃を防ぎきられ、なおかつ…
「終わりです! シロウッ!!」
無刀となったはずのオレに向かい、セイバーが必殺の一撃を振り下ろす。
「!!!!」
…だが、既にオレの手には三度目の干将莫耶が握られている。
セイバーの予知が、オレの予想を、オレの読みを超えてくることなど…既に読み切っている!
セイバーの攻撃が止まらない、止められない。
読み切っている。セイバーの予知は、来るべき何かがあることを危機としてセイバーに教えているはずだ。
「くっ!!!!」
かすかに…ほんのわずかだけ…髪の毛の先ほどの逡巡…
読み切っている。セイバーの予知が危機をつげようとも、セイバーは止まらない。
読み切っている。セイバーの予知が危機をつげているからこそ、セイバーは止められない。
セイバーの望みは勝利ではない。だからこそ、わかっていて死地に足を踏み入れる。
セイバーの望みは敗北ではない。であっても、こちらが何をしようとしているのか、自らの身を以って知ろうとする欲求を超えることはできない。
この協奏曲は、実際には、すべてオレの指揮下にあった。
すべては、この結末のために、積み上げ、練り上げてきたのだ。
せいめい りきゅうにとどき
「唯名 別天ニ納メ」
「シロウッッッッ!!!!」
セイバーの聖剣をがっちりと逆手に握った干将莫耶で受け止める…否、鋏み獲る!
「くっ!」
予知により鈍った…ほんのかすかな逡巡がもたらしたためらいが、聖剣を干将莫耶に鋏み奪られる結果を生んだ。
「セイ、バーーーー!!!」
われら ともにてんをいだかず
「両雄、共ニ命ヲ別ツ」
セイバーの背後から三度飛翔するは、干将莫耶の双剣両刀。
防ぐための手だては…ないっ!!
ガッキィィイイィィンッッッッッ!!!!
…響き渡る最後の剣の響き。
コンチェルト フィナーレ
…”協奏曲”の”最後”を飾る音を…
…飾るはずだった音とは、異なる音を…
「…なにっ」
…根底から覆された読みを、ただ驚きをもってしてしか受け止められなかった。
眼前にいるのは、セイバー。
聖剣でなく、莫耶を握り、同じく驚きの表情でこちらを見つめているセイバーその人だった。
あの瞬間、かすかな逡巡も…ほんのわずかなためらいも見せずに、セイバーは聖剣を手放した。
飛翔してきた莫耶を、神懸かり的な予知を以って受け止めると、さらに飛翔してきた干将を手にした莫耶によって弾き落とした。
「…おどろきました」
その素直な感情を先に吐露したのは、セイバーの方だった。
「…完全に敗れたと思いました。完全に上を行かれたと思いました」
「…それはこちらの台詞だよ」
そこにあった驚きは、既に呆れに変わっていた。
「…完全に勝ったと思った。完全に読み切ったと思ったんだけどな」
あんなことができるなんて、もはや呆れるしかない。
だが、セイバーになら、あんな芸当もできるだろうとは、読んでいた。
確かに、あの状況から逃れるためには、あの方法しかないだろうと、わかっていた。
…それでも、完全に勝ったと…毛の先ほども疑っていなかった。
…なぜなら、セイバーが聖剣を手放すことなどできないと思っていた。セイバーが聖剣を手放すことに、かすかにも逡巡しないはずがないはずなのだ。
そして…間抜けなことに…ことここに至ってようやく…
エ ク ス カ リ バ ー カ リ バ ー ン
どうしてセイバーの聖剣が”約束された勝利の剣”でなく、”勝利すべき黄金の剣”になっているのだろう…なんてことを思ったのだった。
セイバーはきょとんとした顔をした後、今頃そんなことを聞きますかと言わんばかりに呆れた表情をして言った。
エクスカリバー
「”聖剣”は、もう湖に返しましたから」
簡単に言った。ないんだからしょうがないとでも言うのだろうか?
カリバーン
…それなら、”選定の剣”はどうしたと言うのか? 失ったのではなかったのか?
「…そうですね。…確かに、失ったものです」
そういうと、静かに手放した聖剣を拾い上げた。
「戦いのさなか、いずこかになくしてしまいました。既に私には聖剣があったとはいえ、大事なものにはかわりなかった」
愛おしそうに聖剣を撫でながら、セイバーは静かに話す。
「この剣をなくして、同時に私は王たる資格すら失ってしまったのではないかと思いました。
戦況は激化し、敵は増え、後戻りはできず、ただ前に進むしかなかったとはいえ、振り返るのはあの日、この選定の剣を抜いたときのことでした」
…知っている…
「…間違いだったのではないのか? …王たるにふさわしいものは、別にいたのではないのか? …頭に浮かんだのは、そんなことでした」
…識っていた…
「…では、その剣は?」
オレの問いに、セイバーはゆっくりと微笑みを浮かべて言った。
「これは、シロウが取り戻してくれた剣です」
「オレが?」
セイバーはしっかりとうなずくと、まぶしそうに聖剣を見つめた。
「シロウが教えてくれたんです。この剣はいつでも私の側にあった。失っていたわけじゃない…見失っていただけなんだと」
……そうだ。やりなおしなんか、できない。
「この剣をなくしたから、迷ったんじゃない。私が迷ってしまったから、この剣を見失ってしまったんだ」
……その道が。今までの自分が、間違ってなかったって信じてる。
「ええ、やりなおしなんかできない。私も、私も今までの自分が、間違ってなかったと信じています」
セイバーは晴れやかな笑顔で、オレに対してそう宣言した。
青臭いセリフだ。何もわかっちゃいない言葉だ。…そう考えた時期もあった。
それでも、どんなに厳しくても、どんなにつらくても…それが答えなのだ。
答えは曲がらない。答えはゆるがない。答えは決して変わらない。だからこそ、答えなのだ。
ただ、いつでも見失ってしまう。気がつけば霧の中に消えてしまう。それでも、いつだって自分の側にある。自分の中にあるもの、それが答えなのだ。
「この剣は大切なものです。あのころから私にとっては大切なものでしたが、今ではもっと大切なものになっています」
「…の割には、簡単に手放したな」
答えは出ている、なのにそんな皮肉を言うようになったのは、回り道して結局元の場所に戻っていた自分に対しても含まれているのだろう。
「…ですね。私も驚きました」
オレの皮肉に対して、セイバーはこっくりとうなずいた。
「でも、今はこう思います。
この剣は選定の剣だ。そして私が選ばれました。しかし、それだけではありません。
私が選んだんです。この剣を抜くことを、そして、王となることを。
この剣は大切なものです。ですが、それは決して私を縛るものではない」
王になることを選び、王であるために様々なものを捨て、王たることに誇りを持つものが言葉を続ける。
「私がこの剣を捨てることはありえない。そんな過去を否定することはしない。捨て去ってきたもののためにも!」
まっすぐ見つめてそう告げるセイバーの姿は美しかった。かつてあの蒼月の下で惹かれたセイバーの姿そのままだった。
「…ですが、その、少しだけ手放すことはいいと思うのです。王たる自分を置いておいて、少しだけ少女のように振る舞ってもいいように…」
セイバーは、真っ赤になりながらそう言うと、うつむきながらチラチラとこちらを伺っている。
……反則だろう、それは…
彼女と再会した時から感じていたものは正しかった。
彼女は答えを得ていた。それも、完全無欠な答えをだ。実に彼女らしい。
「…まいったな、勝てる気がまるでしないんだけどな」
「では、やめますか?」
「…勝ち負けじゃないからな」
ニッコリと微笑むセイバーに向かい、再び双剣を構える。
…協奏曲は第二幕に入っていく、もはやオレの読みではさっぱりな世界に…