「くっ!!」
聖杯戦争は、その英霊の正体を見定めるのが勝利への布石。それゆえ英霊を名前でなくクラス名で呼ぶのが定石。
今回はそれを完全に逆手にとられた。
ヘラクレス…アーチャー・ヘラクレスは手にした宝具を再び斧剣へと変えると、こちらとの距離を一気に縮めてきた。
「がああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉっっっっっっ!!!!!!!!!!」
こちらも斧剣を引き抜き、真っ向から受け止め…
ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァアアアアアァァァンンンンッッッッ!!!!!!!!
受けたこちらの斧剣だけが破壊された。投影が甘かったせいではない…純粋にパワーで破れたのだ。
吹っ飛ばされたのを好都合と、距離をとる私の目に飛び込んできたのは…
「そうくるかっ!」
ナインライブズ
「”射殺す百頭”」
再び繰り出される、ヘラクレス最強の宝具。
「おおっ!!」
迎撃のために、突き刺さっている宝具を再び射出する。
「…接近戦は分が悪く、距離をとっても互角…か」
その長距離戦の互角にしても、固有結界が発現していての互角である。つまりは…
「…ぁぅっ」
背後で自らの体をかき抱き、膝をつく華凛がその答えを明確にする。
「…連戦…だったからな」
華凛の魔力が尽きかけていると言うことだ。そのことは当然私にも影響してくる。固有結界”無限の剣製”をもう数分も維持できないということ、すなわち…
「…この強敵を相手に、制限時間付きか…」
唇をつり上げ、ニヤリと笑った…つもりだが、それはどのような笑みとなったか…
「おおおっっ!!!!!!!!!!」
見渡す限りのありったけの宝具を舞い上げて、四方八方から宝具をヘラクレス向けたたきつける。同時に、私自身一個の宝具なれと直進する。
ナインライブズ
「”射殺す百頭”」
四方八方全方位からの強力な宝具の雨霰を、全て迎撃しきるヘラクレスの宝具と腕は見事としか言いようがない。
こちらに向けて放たれた数本の矢を干将莫耶でたたき落としつつ、ヘラクレスの目を見て…
「…相打ち狙いか…」
…否応なく敗北を悟らずにはいられなかった。”射殺す百頭”があの宝具の代わりとは考えられない、あれはあれで厳然としてヘラクレスは持っているだろう…何よりも、その冷静な戦士の眼差しが、こちら側に対してあらゆる隙も与えないことを物語っていた。
…そこへ、文字通りの”横槍”が入ってくるまでは…
藤嗣に向けて放たれていた数本の黒鍵を、ヘラクレスが弾き落とす。
それは、不意に訪れた絶好の機会、その機会を以て…
「きゃっ!」
…華凛を抱きかかえて、背後も見ずに逃走した。わずかでも、”彼ら”が時間を与えてくれると期待して。
〜第十章〜
〜全ては、ただ勝利の為に〜
「…危ないところでしたね」
そいつは軽薄そうな笑みを浮かべて、そう言った。
「…そうね、助けてくれたことに関しては、まずお礼を言うわ。ありがとう」
どこか納得のいかない表情ながらも、華凛は神父に対して頭を下げた。
あの横槍は想像通り、教会で会った神父達であった。そしてあの後、私達は助けてくれた彼らとここ…教会で落ち合っていた。
「…ですが、それはそれとして、納得いかないことがあるんですけどね」
華凛のジト目に対して、ヨシュア神父はまるで答えていない笑顔で、ハハハと笑っていった。
「言わんとしたいことはわかってますよ。公平な審判を自認する私達教会が、どうして華凛さん達に肩入れしたのかってことですよね」
「そういうことです」
「まあ、その前に、私達は今日いろいろと調査をしていました」
じらすのが好きなのか、じらされるのが嫌いなやつにじらすのが好きなのか、ますます不機嫌になる華凛の様子もどこ吹く風で、神父は自分のペースを崩そうとはしない。
「まあ、たったの一日ですから、たいしたことはわかりませんでした。…たとえば」
そう言って、神父が一枚の写真を机の上に置いた。
「…誰だったっけ…」
そこに写っていたのはメガネをかけた中肉中背の一人の男だった。どこかで見たことがあるようなないような、あいまいな印象しかない。
「…キャスターのマスターだった男です」
言われてみて、やっとそう言えばという印象だった。…もっとも、その後に怒濤の展開があったために、印象に残りようもなかったというのが本当のところだろう。
Magic & Mystery Reserch キバヤシ シン
「”魔術神秘研究会”の主催者で、名前を”木林 森”と言います。…まあ、ご存じの様にキャスター共々もうレースからは降りてしまっているのですがね」
確かに、こう言ってはなんだが、もうどうでもいい情報であった。
「なんだってー!!!!」
だが、華凛がものすごいリアクションをする。
「どうした、華凛!」
「いえ、なんとなくよ」
お約束というやつだった。
「…次にこれです」
次に神父が机の上に置いたのは3枚の紙であり、パスポートかなにかのコピーのようだった。
「その1番上の尊大そうな男が”リーベンダーク・フォン・アインツベルン”、次が”シュナイハ・レンゼン”、その次のが”チェニック・ハイベル”。3ヶ月前に成田に入った際のパスポートの写しですよ。…何のために来たか…は言わなくてもわかりますよね」
「…当然、ね」
「…残念ながら、まだどうやって今回の聖杯戦争を引き起こしたのかまではつかめていませんが、これだけは確かです。
彼らは、最初からマスターになるつもりでここ…冬木へとやってきた。管理者であるあなた…華凛さんに何の連絡もなく…いえ、ひょっとしたら連絡はあったかもしれませんね…」
神父はそこで一旦言葉を句切る、思い当たったのか華凛が目を見張る。
「…当時の管理者であった、”遠坂凛”さんへは」
「待て、凛はなくなっていたのではないのか」
「そう、3ヶ月前にね」
私の質問に、神父が事務的に答えた。
「…それって、…あのお婆ちゃんが…そいつらに殺されたってこと? …あの、ばーさんが…つまりは、聖杯戦争にやぶれたってこと?」
「…可能性は、否定できませんね」
すべては可能性でしかない…にしても、時期が、符号が、あいすぎるのもまた事実である。
…今考えれば、不思議に思うべきだったのかもしれない。凛が華凛に…
…アーチャーを呼びなさい…
…と遺言していたことに対して。
「…可能性の話は置いておくにしても、7人で行う聖杯戦争をこいつらアインツベルンは3人…いえ、4人で勝ち抜こうとしたのは事実です。
”公平”な立場としては、華凛さんに少々肩入れしたくらいでもまだ足りないんじゃないかと思うんですけどね」
「…そう、ありがと…うん、ゴメン…ちょっと考えさせて」
「…華凛さん」
神父にあいまいな礼をして、華凛はフラフラと教会をあとにした。
「ショックは大きかったですか」
神父の目がこちらを伺う様だったので、一言だけ答えた。
「…さあな」
……………
……
「…どうする、華凛?」
リビングでぼんやり座っていた華凛に対して、私はそう告げた。
「…どうって…」
「やめるなら、私は構わないぞ。私を送り返して教会で保護を受けていれば、奴らもムリには襲っては来ないだろう」
「………」
私の問いかけに、華凛が沈黙で答える。質問の内容に驚かなかったのは予想していたのだろう。あるいは、そのことについて考えていたのかもしれない。
「…そう、ね。うん、正直少しは考えた」
華凛は私の考えに対して、そうはっきりと答えた。
「同じ明確な目的を持ってない以上、藤嗣さんに譲るべきかも…とかいうことまで考えちゃったわよ」
くすっと笑いながら華凛が答える。
「ふっ、確かにそれはキミらしくないな」
「話には聞いていたけど、アインツベルンの聖杯への執着には正直圧倒されたところがあった。…うん、ついさっきまではね」
「ほう、では今ではどうなのかね?」
皮肉げに問いかける私に対して、華凛はあっけらかんと…
「ぜったいに、ゆずるもんかって思ってるわ」
…そうニカッと笑って言った。
「奴らがそこまで無理矢理やってくるっていうんなら、なんとしてでもこっちが聖杯をゲットしてみせるわ、ええ」
「くくっ」
その言い様は、あまりにアレだったため、笑うしかなかった。
「しかし、藤嗣のことはどうする? 愛する娘の為…キミの大事な弟子の為だが」
「…うん、さっきまで一番そのことについて考えてた。藤嗣さんは聖杯を得てどうするつもりなんだろうって」
華凛はゆっくりと目を閉じて語り出す。
「聖杯戦争に勝ち残れば、聖杯を得たことになるのだろうか? …ならないわよね。そもそも聖杯を得るというのは、どういうことなんだろう」
「願いを叶えて貰った時だろうな」
「そうよね、それ以外に聖杯を得るということにはならないわよね。じゃあさ、何を願うのだろう? …あの汚れた聖杯に」
「むっ…」
そう、そこが問題だ。全ての願いを破壊でしか叶えることができない汚れた聖杯、それに願うのはどれほどささやかなものであっても、大破壊を引き起こす。
「聖杯の破壊では、聖杯を得たことにはならないでしょうし」
かつて切嗣が聖杯を破壊した、その際に聖杯を得たとはしていないことからも、それは明らかだろう。
「藤嗣さんは聖杯に何かを願うつもりなんだ。それも、娘のためということにして…モモのせいにして、たくさんの人を殺しかねないことをするつもりなんだ」
藤嗣のあの覚悟を決めた眼差しからも、それは確かだと言えた。
「私はそんなこと許さない。いいえ、きっとモモが絶対に許さないわ」
話は決まった、そう言わんばかりに華凛が立ち上がる。
「この聖杯戦争、私達が絶対に勝つ!!」
「了解だ」
「もうひるまないわ。私達は戦う、そう…全ては…」
「「ただ、勝利のために」」