「そういえば、知っているか? 彼方さん」

 

 何がそういえばなのか、さっぱりわからないが、芽依子が急に話を切り替えた。…もっとも、澄乃のあんまん談義は聞き飽きていたので丁度よかったとも言える。

「えぅ〜、そういえばそろそろだね〜」

 先ほどまでのあんまんへの熱いこだわりはどこへ行ったのか、あっさりと新しい話題に澄乃も飛びついた。

「んー、知らん、何がそろそろなんだ?」

「ふっ、相変わらず彼方さんはバカチンだな、このSSのタイトルを見れば一目瞭然だろう」

 なんというか、今やばいことを口走られた気がするが、芽依子だからしょうがない。

「芽依子さまだ」

「へいへい、で、なにがあるんだ?」

「あのね〜、龍神雪合戦大会があるんだよ〜」

 何かを言いかけた芽依子に先んじて、澄乃があっさりとそう答えた。

「龍神雪合戦? …なんだそりゃ?」

「村中で、雪合戦をするんだよ〜」

 まあ、なんともこの村らしいイベントといるかもしれない、雪はそれこそ売るほどあるんだから。

「ふふっ、彼方さん。今彼方さんが考えているレベルは甘いと断言しよう」

「なんだと?」

「甘い、甘いぞ! おしるこの餡をあんまんの餡子にするくらい甘いぞ!」

「な、なにぃっ!」

「わー、おいしそー」

 芽依子はヤレヤレ彼方さんは本当にバカチンだな…と言わんばかりの態度と表情をする。…なんというか、激しくむかつく。…澄乃は…相変わらず澄乃だということだ。

「甘いって、ただの雪合戦だろ?」

「賞金が出る。この村だと1週間は遊んで暮らせる金額だぞ」

 なんというか、びみょ〜な金額っぽいことがわかった。

「さらに…だ」

「さらに…?」

「村中のガキンチョからじーさんまで参加する、文字通りの村をあげての雪合戦なのだ」

「ほ、ほう…」

「こわいぞー、じーさんなんて、ぽっくり逝くぞー、彼方さん、殺人犯になる覚悟はあるかー」

 くっくっくと、悪魔のように笑う芽依子…というか、マジか? 出るなよ、じーさん!

「あれ、でも、誠史郎さんが許可した人しか出れないって聞いたよ〜」

「誠史郎の許可なんて、めちゃくちゃフリーパスだぞ」

「…なんでそこまでして、たかが雪合戦に…」

「この雪合戦の優勝者は、竜王として讃えられるのだ」

 なんだか、聞けば聞くほどびみょ〜な大会なのだが…俺は出ないでおこう、うん。

「あ、彼方ちゃんは、つぐみさんが登録してるからね〜」

 つ、つぐみさん…

「ふっ、今回はわしも参加するかのう、ふぉっふぉっふぉ」

「あー、そういえば去年は芽依子出てなかったよね」

「なんでだ! 全員参加じゃないのか?」

「誠史郎に許可させなければいいだけだからな」

 うわっ、ひでえ!

「ちっ、雪まみれにしてやる!」

「ふぉっふぉっふぉ、返り討ちじゃわい」

「えぅ〜、頑張って、あんまんを一杯買うんだよ〜」

 

 龍神雪合戦…決戦の日は近い!

 

 …って、大げさだよなあ…

 

 

 

 そんなこんなで…って、便利な言葉だなあ…ついに大会の日。

 雪合戦というのは、正式なオリンピック競技にしようという動きもあるらしく、なんか細かいルールもあるそうなのだが…今回のソレにはない!

 ただ夕方の時点で、最後に龍神の社に立っていた者が勝者だと言うことらしい。

 それぞれのスタート地点からゴールである龍神の社まで、途中で出会う参加者に雪をぶつける。手足はヒットと認められず、頭部と胴体にあたった場合に負けとなる。

 そして敗者は勝者に参加者の資格である頭にかぶった紅白帽を奪われる。

「しっかし、紅白帽って、この年でかぶるのは恥ずかしいなあ」

 今朝、いつも以上ににこにこ笑ってたつぐみさんに渡された紅白帽を、しみじみと眺めながらつぶやく。

「なになに、『龍神村がリングだ! 戦って戦って戦い抜いて、竜王の称号をつかめ!』って…なんだかなあ」

 いかにも幼稚な感じがするのだが…実は胸に燃えるものがないとは言えない。こういうの、男はやっぱり好きなものだ。

 

 

 ウウウウウウゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!

 

 

 村中に正午を知らせる…否、決戦の開始を知らせるサイレンが鳴り響く。

 

 …さあ、行くか!

 

「えいっ」

「うおっ!」

 ガラガラっと龍神天守閣の玄関を開けた瞬間、雪玉が目の前をかすめていった。

「あらあら、彼方ちゃん、なかなかの反射神経ね」

 ころころと笑いながら、悪びれずにつぐみさんがそう言った。

「つぐみさん、いきなりとはなかなかに卑怯ですね」

「ふふふ、彼方ちゃんに恨みはないけど、出会った以上、戦うしかないのよ」

 つぐみさんは実に楽しそうだ。こういうイベントが心の底から好きなんだろう。

「それじゃあ仕方ないですね、こちらも全力で行きましょう」

 かく言う俺も、こういうイベントは嫌いじゃない。

 

 

 

−第一回戦「出雲彼方vs佐伯つぐみ」−

 

スノーファイト、レディィィ……ゴォォーーー!!!!

 

 

「おほほほほー、行くわよー、彼方ちゃん!」

 つぐみさんはそう言って、足下に作り置きしている雪玉を投げつけてくる。…って、汚ねえっ!!

「くそっ」

 こっちはさっき玄関を出たばかり、雪玉の作り置きなんかあるわけがなかった。つぐみさんから投げつけられる雪玉をかわしながら、つぐみさんから距離をとる。

「ああん、逃げるなんてずるいわよー!」

 なかなかに勝手なことを言うつぐみさんは、その場から動いていなかった。足下に作り置きの雪玉があるからだろうか? …否、それもあるだろうが真実は、つぐみさんの格好にある!

 つぐみさんはいつもの格好、着物姿である。慣れているのかもしれないが、動き回るには格段に不利であることは間違いない。

「勝機!」

 俺はそこに勝機を見いだすと、駆けながら足下の雪をひとすくい拾うと、さっと固める。…この間わずかに3秒! なかなかのものだ。

「あっあっあっ」

 動き回る相手に雪玉をぶつけるのは、なかなかの至難の業である。つぐみさんがいくつか投げてくるが、ほとんどが明後日の方向へと飛んでいく。

 逆に、動かない相手に雪玉をぶつけるのは、それほど難しいものではない。足下の雪玉がつきて、つぐみさんがあっ…と惚けた瞬間…

 

 べしゃ!

 

「きゃん!」

 

 俺の投げた雪玉が、見事につぐみさんにクリーンヒットしたのだった。

 

 

「彼方ちゃん、大きくなったね…」

「つぐみさん…」

「私から教えることは…もう、なにも…」

「…つぐみさん…」

「…ああ、ゆうやけが…きれい…」

 俺の腕の中で、つぐみさんがゆっくりと目を閉じる…

 

「って、たかが雪合戦で大げさすぎですよ、つぐみさん」

 

「きゃーん、ノリが悪いわよ、彼方ちゃん!」

 つぐみさん、ほんと〜に、こういうイベントが好きみたいだ。とにもかくにも、つぐみさんから紅白帽をゲットすると、つぐみさんを置いて神社を目指す。

「次の相手は誰だろうね?」

 つぐみさんを置いて…

「私の予想だと、芽依子ちゃんあたりだと思うんだけど」

 置いて…

「芽依子ちゃん、去年出てないけど、強そうよねえ」

 

 …嘘です。なんでか楽しそうについてきています。

 

「まあ、芽依子は神出鬼没なんで、どこに現れても驚きませんが」

 しょうがなく、つぐみさんの話にあわせる。

 

「でしょう! きっと…きゃん!」

 

 楽しそうに話していたつぐみさんの顔に、雪玉がぱしゃんとぶつかった。

「だ、誰だっ!」

「ひっどーい、私もう参加者じゃないのに!」

 

「悪撲滅運動なのだー! 彼方からはなれるのだー!!」

 

 左脇にたくさんの雪玉をかかえて登場したのは、日和川旭であった。

「なるほど、次はお前か?」

「うう、彼方とは戦いたくなかったが、うんめーのいたづらなのだ」

 

 

 

−第二回戦「出雲彼方vs日和川旭」−

 

スノーファイト、レディィィ……ゴォォーーー!!!!

 

 

「それそれー!」

「ぬおっ、ふんっ、とやっ!」

「それそれそれーっ!」

「はあっ、くおっ、えいやっ!」

「あははははーーっ!」

 ビュンビュンと投げてくる旭の雪玉を、なんとかかわしながら逃げ回る。俺とは戦いたくなかったとか言ってたくせに、めちゃめちゃ楽しそうに雪玉を投げているように見えるのは、俺の気のせいなのだろうか?

「あははははははーーっ!」

 いや、ぜったい、めちゃめちゃ楽しんでるよっ!

「あははははははははーーーっ!!」

 笑いながらビュンビュンと投げてくる雪玉は、コントロールも甘く、そんなに速くもないが、なにしろ回転がはやい。どんどんと投げ込んでくるために、かなり避けるのは厳しい。

 こちらは雪玉を投げるどころか、作る暇さえできていないというのに、向こうは怒濤の攻撃を見せてきている。遮蔽物のない道路ではかわしきれないと判断して、森の中につっこむ。…たかが雪合戦にムキになるなと言う事なかれ、遊びだろうとなんだろうと、全力でやるのだ!

 

 森の中に入って一分と経たない内に、自分が失敗したことに気付く。

 確かに、旭の攻撃速度ははやい、だがそれ以上に、旭の雪の上を走る速度は尋常ではなかった。かなり全速力で逃げているのに、向こうは余裕で追っかけてくる。…逃げづらくなった分、さっきよりも不利だ!

 

 ちくしょー、こ、こいつ、なにげに優勝候補だ!

 

「…だが、芽依子とやるまで、負けるわけにはいかねー!」

 

 

 

 そんな俺の意志も、もてあそばれる運命には叶わないのか…

 

 

 

「さあ、彼方、覚悟するのだー!」

 森の中、一本の大木の前…俺は追いつめられていた。

 獲物を狙う肉食獣のように、旭が雪玉を両手に持ってじりじりと俺との距離をつめてくる。ちくしょー、うさぎみてーなーくせしてよー!

 対する俺は、いまだに雪玉一つ作る余裕はなかった。まさに絶体絶命と言えるだろう。

「ふっ、この俺がなんの策もなく、ここまで追いつめられると思ったか?」

「な、なんだとー!」

 ただやられるのは悔しいので、はったりをかましてやると、旭はおもしろいように狼狽する。

 …だが、作戦がないわけではない。まあ、作戦というよりは、むしろ賭けというレベルのものではあったが。

 

「この一撃で決める! 俺とお前、どっちの運が太てぇかだっ!!」

 

 雀聖気分で叫んだ俺に恐れをなしたのか、旭が体勢も整わぬままに雪玉を投げつけてくる。

 その雪玉をかわすと…

 

「勝負だ!!」

 

 そう叫ぶと同時に、後ろの大木を思いっきり蹴飛ばして、飛び離れる。

「うきゃっ? すぴぴー!!!」

 旭のみょうな叫び声を聞きながら、天の采配を待つ。ここからは運の勝負だ。

 

 結果は…

 

「す、すぴー…」

 こんもりとつもった雪の下で、妙な断末魔をあげる旭から…

「ふっ、俺の勝ちだったな」

 雪まみれの紅白帽をゲットしつつ、そう声をかける。

「お前は強かった、だが、俺の運のほうが太かったということだ」

 まあ、ここに来た初日に、落石にぶつかったやつの運が太いのかと聞かれたら、返答に困るところだが。

 

 

 

 

 

…日和川旭 再起不能(リタイア)…

                  To be continued 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中書き

 

 唐突にSS掲示板に始めた、SNOWのアホSSです。

 いろいろと小ネタを挟んでおりますし、これからも挟む予定なので、元ネタがわかると更に楽しめる作りになっています。

 

 …というか、その小ネタで笑えなかったら、きっと笑えることはないだろうと言う、最低な作りをしていたりします(苦笑)

 

 

 

 


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