「…っかぁー! ぷはああぁぁぁーーーーーー!!!
…まさにこの一杯のために生きてるって感じだな」
俺はそう言って、口についた泡をぬぐった。
「…本当に耕一さんって、酔うと親父臭くなりますね」
千鶴さんが苦笑しながら言った。
「……どうぞ」
「おっとっと…。悪いね、楓ちゃん」
空になった俺のグラスに、楓ちゃんがビールをついでくれた。
泡のたて方から、何からなにまで完璧なつぎ方だ。
「んぐっんぐっんぐっ……っかぁー! ぷはああぁぁーーーー!!!
…うまい! 五臓六腑に染みわたる感じが最高だな!!」
「…耕一お兄ちゃん、…そんなにおいしいの?」
俺が飲んでいるところを、微笑みながら見ていた初音ちゃんがそう聞いてきた。
「おおっ! …初音ちゃんも飲んでみるかい?」
「えっ! …わたしはいいよう」
初音ちゃんは苦笑しながら手を振った。
「駄目ですよ、耕一さん。…初音は未成年なんですから」
千鶴さんがメッという顔でそう言った。
「千鶴さん、冗談だって」
「…ほらよ耕一、つまみができたぞ」
梓がそう言って、枝豆のはいった皿を持ってきてくれた。
「おっ! サンキュー、梓」
なんと言っても、ビールには枝豆だよな。
「…まったく、食って寝て、酒飲んで…いいねえ、ぐーたら大学生は」
「わっはっは。うらやましいか、受験生」
「ちぇっ」
憎まれ口を叩きつつも、わざわざ俺のために枝豆を買っておいてくれているところをみると、梓もなかなかかわいいところがあるよな。
「……どうぞ」
「おっとっと…。楓ちゃん、つぐのうまいねえ」
「えっ! ……そ、そんなことは…」
楓ちゃんは頬をポッと染めると、うつむいてしまった。
「いいねえ、かわいいねえ。…わっはっはっは」
「…もう、耕一さん。本当に親父みたいですよ」
千鶴さんがそう言って、微笑んだ。
「…とりあえず耕一はお客さんなわけだし、明日は何が食べたい?」
「おっ、リクエストに答えてくれるってわけか」
「…まあそんなところかな」
梓がポリポリとほっぺたを掻きながら言った。
「……そうだなあ……」
俺はちょっと考えて……
「姉妹どんぶりがたべたいなあ」
「「「えっ!」」」
キョトンとしている初音ちゃんの他…千鶴さんに梓、それに楓ちゃんまで、顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
…こ、これは予想以上の反応だぞ。
予定では、梓が「なに言ってんだよ、馬鹿野郎!」と言って、
千鶴さんが「もう、本当に親父臭いですよ、耕一さん」とメッとなるはずだったんだけど…
「…や、やだなあ。…冗談だよ」
俺はすかさずフォローを入れた。
……まあ、たべたくない…と言えば、嘘になるけど……
「あっ、…そ、そうですよね。…も、もう、耕一さんったら」
「……ま、まったく、親父ギャグとばしてんなよ」
「…………」
……このときは、ちょっと不用意な一言だったな…と思ったのだったが……
「……ん、…ううぅぅーーーーーーーん……」
「おはよう。耕一お兄ちゃん」
今朝は、初音ちゃんが起こしに来てくれた。
朝から天使の微笑みを見せてくれている。
「…うん、おはよう。初音ちゃん」
俺もにっこり笑うと、そうあいさつを返した。
「今朝もいいお天気だよ」
「そうみたいだ」
初音ちゃんの天使の微笑みがあれば、雨だろうと雪だろうと、いい天気だ。
「……あ、あのね…」
「んっ?」
「…そ、そのね…」
初音ちゃんがなにか言いづらそうに、そう口ごもった。
……まっ、まさか……
俺はあることに気づき、急いでそれを確認したが…
「…なんだ、大丈夫じゃないか」
「えっ、なにが?」
「…い、いや、…こっちのこと」
…朝も元気な俺の息子は、布団の中にしっかりと隠れており、見られた心配はない。
……じゃあ、どうしたんだろう?
「…どうしたの、初音ちゃん?」
俺がそう聞くと、初音ちゃんは思い切ったように……
「耕一お兄ちゃん、…姉妹どんぶりってなーに?」
………………
……
…
「…えっ?」
「…だから、姉妹どんぶりってなーに?」
……初音ちゃん、何てことを聞くんだ。…しかもシラフのときに……
「…な、なんでそんなことを聞くのかな?」
「…あ、あのね、耕一お兄ちゃんを起こす前にね……
「ねえ、梓お姉ちゃん」
「んー。何、初音?」
「姉妹どんぶりって、そんなに難しいの?
初音も手伝うから、耕一お兄ちゃんに食べさせてあげようよ」
「…ぶっ、……ばっ、馬鹿! 初音、何言ってんだ!!」
……って、怒られちゃったの」
「…………」
…そりゃ、怒るわな…
「…だから、なんなのかなって」
俺は初音ちゃんを抱き寄せると、頭をナデナデした。
「こっ、耕一お兄ちゃん!?」
初音ちゃんが頬を染めながら、びっくりして声をあげた。
「……初音ちゃんはやさしいなあ。でも、気にしなくていいんだよ」
「…う、うん…」
初音ちゃんは素直にうなずくと、俺になでられるままになる。
…やっぱり初音ちゃんはかわいいなあ…
俺がそんなことを思ったとき……
「…耕一さん、そろそろ朝ごは…」
千鶴さんがちょうどふすまを開けて入って来たのだった。
「あっ! ち、…千鶴さん…」
「こ、…耕一さん…こ、これは…」
「い、いや…これは……」
千鶴さん、絶対誤解してるぞ。
「…は…」
千鶴さんの体がぷるぷるとふるえている。
「あの、これには訳が…」
「は、…初音からたべるつもりなんですか!!」
…どひいぃぃぃーーーーーーーー!!!!
…と、とんでもない勘違いをしてらっしゃる。
「な、なに言い出すんだ、千鶴さん!!」
「じゅ、順番から言っても、わ、…私からお願いします!」
……あああぁぁぁーーーー!!
…だ、だめだ。…おおぼけモードに突入してらっしゃる。
ふと、視線に気づき、千鶴さんの後ろに視線を運ぶ。
そこには……
「…………」
楓ちゃんが悲しそうな目で、じっと俺を見つめていた。
「か、…楓ちゃん、…こ、これはね…」
「…………」
楓ちゃんは目をふせると、その場から去っていった。
……あああぁぁぁーーーーー!!
…楓ちゃんにも誤解された。
「こっ、耕一さん! …私、覚悟はできました!!」
「だ、だから、千鶴さん」
俺がわたわたしていると……
「こらーーーー!!! 耕一起こすのにいつまでかかってんだ!!」
そんな怒鳴り声とともに、お玉を持った梓が入ってきた。
…今朝ばかりは、お前が救いの女神に見えてくるよ…
「おおっ!! 梓、いいところに!!」
「えっ!?」
……梓の目に俺の姿はどう写ったのだろう?
……初音ちゃんを抱きしめたまま…
……千鶴さんにつめよられる…
……俺の姿は…
「こ、ここ、この…、このスケベーーーーーー!!!!!!」
うなり声をあげて飛んでくるお玉に頭を直撃されて、俺は意識を失った。
…あかりちゃんにやられたような気になるのはなぜだろう?
「…ふ、不用意な一言に気をつけよう!」
……ちゃんちゃん
後書き
と言うわけで、リーフビジュアルノベル第二弾、「痕」のSSです。
いやー、この四姉妹大好きなんですよ。
シリアスもいいけど、明るいのもいいよね。