須達龍也著「真鬼畜王」より



 二十一は、今日も太郎杉に登った。
 この辺の山では最も大きく高い木であり、主の杉とも言われる木だ。てっぺんからは山向こうに海が見え、晴れた日には水平線の彼方に雪をかぶった山脈が望める。
 少年の目は、その青い山々のさらに彼方、母の住まう都を見ていた。
「山本家のしきたりにより、二十一は修業に入ります」
 数え歳七つの春、母は息子に告げた。山本二十一は養父月光にあずけられ、その女しのぶと共に、大阪を遠く離れた佐渡の山奥でくらすようになった。
 しきたり、その意味すら解らぬまま十年が過ぎた。
 すでに母の顔も思い出せない。ただ、思慕の念だけが積もるばかりだ。
「もう帰るぞ」
 下から月光が呼んだ。おう、と返事して跳んだ。何百回も登った木だ、枝と幹の位置から葉の繁り具合まで目をつぶっていても分かる、するすると根元に降り立った。
「うむ、よしっ」
 元は忍者である月光の目が光る。少年の足さばきの確かさに目を細め、怪我無き事を見て口をほころばせた。
「南の山で切り出しが始まってる」
「もう、そこまで来たか。来年には、この辺りも伐られるなあ」
 ただ今、佐渡はゴールドラッシュである。大陸から新しい金の採取方が伝わり、それに必要な炭を作るために大量の木が伐採されていた。
 金とは無縁な生活をしてきた月光と二十一には、次々増えていくハゲ山が呪わしい。山菜は取れないし、川魚もいなくなる。鳥や獣も姿を消してしまった、唯一見た目に増えたのはネズミの類いだ。山の寿命が尽きようとしていた。


真鬼畜王 外伝

山本二十一記
<前編>

 A NEW HOPE




 小さな屋根が見えてきた。夕食の支度の煙がたっている。
 表に回ると、大柄な男がいた。頭から足の先まで赤い鎧を付け、身の丈ほどの長剣を背負った異国の武者はリック・アディスンだ。
「たあぁぁっ!」
 二十一は跳んだ、一気に10メートル。腰の木刀を抜いて、上段から打ち込む。
 バシッ、リックは振り向きざまに木切れで受けていた。ひるまず、続けて3回打つと、手の木切れが挫けて曲がった。
 にっ、二十一が笑って間合いをとる。
 赤い兜の下で唇が応えて笑い、リックは木切れを捨て、ゆっくりと背から宝刀パイロードを抜いた。JAPANには珍しい両刃の直刀、1間近い長さに耐えるよう身はぶ厚い造りだ。リック・アディスンは鬼より怖い、にっこり笑って人を斬る、と謂われた大陸で知らぬ者の無い剣士は、赤い死神とも呼ばれていた。死神は強い相手と対峙した時、戦いの愉悦ゆえに笑いがもれてしまうのだ。
 びゅんびゅん、パイロードが風を切る。右へ左へ上から下から、木切れよりも軽々と振る。敵を鎧ごと、馬ごと両断する必殺剣の序曲だ。
 二十一は半身で徐々に間を詰めた。パイロードの旋風が前髪をかすめた時、鉄壁の中にスキが見えた。
 とおっ、電光の突き!
 木刀の切っ先が死神の喉下へ一直線。やった、少年は勝利を予感した。
 どんっ、手首と腹に衝撃があって、二十一の身体はふっとんだ。木刀が宙に舞うのが、スローモーションのように見えた。
 地面にたたきつけられ、一瞬息がつまった。顔を上げてリックを見ると、間に月光の背があった。振り返り、手をとって引き起こしてくれた。
「うむ、よし」
 引き起こしながら、月光は二十一の手首から肩をさすって具合をはかった。息子にけがが無いのを確認し、わずかに口をほこばせた。
「速い突きであった、強くなったな。さすが親父殿の仕込みだ」
 リックは宝刀を背に納め、少年を讃える。鎧の左肩に、木刀がかすった跡が付いていた。両手を振って、二十一は苦笑いだ。木刀を飛ばされた衝撃に、指先が痺れていた。月光は右手で息子を抱き寄せ、首を振った。
「何も教えておりません、この体ゆえ」
 月光には左手が無い。忍者として織田家に仕えていた時、二の腕から下を失っていた。
「それが、すばらしい。型の無い構え、獣の足さばきを得るは、なまなかの事ではない。この山に棲む事を選んだのは、そなたであろうに」
 育ての父を誉められ、息子が胸をはって前に出た。
「山歩きだって、木登りだって、父うには負けないぞ。でも、木から降りるのは、まだ父うのほうが早い」
 山の生活は、そのすべてが修業だった。草を倒さずに歩き、枝を曲げずに登る。土をくずさずに走り、石をけらずに跳ぶ。JAPAN屈指の忍者の術を、少年は確かに受け継いでいた。
「芋掘りは、もう一番だな。木の実を採るのも早い」
 しのぶが家の中から出てきた。誉め言葉が重なり、二十一はさらに胸を反らせた。
「手首の強さ返しは、なるほど、芋掘り殺法か」
 がっくり、リックの脱力な名付けにうな垂れた。


 西に陽が傾いた。
 椀を置き、リックは静かに告げた。
「山を下りよ、頃合いである」
 黙したまま、月光としのぶは頭を下げた。
「四天王寺で香どのが待っておられる。今は出家なされて、天香尼と号されている」
「香さまが出家・・・・・おいたわしや」
 かゆをすする手を止め、しのぶは涙をぬぐう。前の主君の姫が待っているのは嬉しい話だが、失われた主家を思うのは辛い事だ。次いで、リックは二十一を向いた。
「さてと、二十一よ。大阪に至る道は、すべてが修業だ。目にする物、出会う者のあらゆる事を心に留めよ」
 うん、かゆを飲み込み、二十一はうなずいた。
 空に明るさが残っていても、山間の夜は早い。リック・アディスンは用を終え、赤い鎧は去って行った。
「明朝、日の出に発つ」
 見送りながら、月光が言った。


 荷づくりするほどの荷物は無い、簡単に小屋の中をかたずけ、いつものように3人は並んで寝た。
 すぐに月光のいびきが始まった。が、二十一は目が冴えてしかたがない。いつか佐渡を出る時が来る。覚悟はできていたはずなのに、いざ出立の日を告げられると、心は揺れていた。
 闇の中、ふいに、となりから手がのびた。しのぶが、二十一の手をにぎってきた。
「早く寝ろ。大阪は遠い」
「うん・・・・・」
「大阪へ着いたら、母上様に二十一をお返ししなくてはならぬ」
 どくんどくん、心の臓が全身を揺さぶった。母、その言葉に、少年は喜びよりも驚きと不安を感じて、育ての母の手をにぎり返した。ここ佐渡へ来て、何度この手をにぎって泣いたか。母を偲んで、どれほど、しのぶの胸を涙で濡らしたろう。かつて流した涙が、なぜか、また目にうかんできた。
「二十一は、山本の家の跡取りだ。そして、しのぶと月光は、二十一の家来になる」
「けらい?」
「本当は、今までも家来だったのだ。今後、我らは二十一の影となる。ずっと一緒だ、離れはしない」
「そうか・・・・・なら、良いや」
 動悸が静まっていった。育て親との別れを予感した不安は消え、新しい生活への期待がふくらんできた。へへっ、しのぶの手を握りながら、もう一方の手で目頭をぬぐった。
「大阪で、二十一は大勢の家来を持つ。けども、ひとつ注意しなければいけない。女の家来の手を、こんなふうに握ってはいけない」
 むっとして、二十一はしのぶの手を、さらに力をこめて握った。いつの間にか、自分の手のほうが大きくなっている。その当然の事に驚いていた。
「ねえちゃんは家来じゃない、家来なんかにしない」
 ふふっ、しのぶが笑って、手の甲をたたいた。
 産みの母と育ての母、JAPANの侍たちは両者を対等にあつかう。その因習に従うならば、しのぶに特別な地位を与えられるはずだ。必ずしてみせる、大阪で行なう第一の仕事が見えてきた。満足は睡魔を呼んだ、二十一は眠りに落ちていった。


 本土へ渡るため、3人は盛須の湊へ。佐渡では唯一の町らしい町である。
 何度も行商で来ていたから、迷う事は無かった。長さ二十間超の大型船が岸壁に舳先を並べていた。このどれかに乗る、そう思っただけで胸が高鳴る。これまでは遠目にながめるしかなかった帆やもやいの縄を、二十一は飽きる事なく見続けた。
「どれも御朱印船だ、わしらは乗れぬ」
 月光がうなった。見れば、どの舳先にも高札が建ち、赤い色で何か書かれている。大阪の山本家が運航を許可した印しであった。荷と船員は届け出済みで、臨時の客など載せる余地は無い、と言うよりは禁止されていた。金の採掘を独占して管理するため、佐渡へ出入りする船や人は、厳しい監視下にあった。
 湊の者に聞くと、一般の船は今朝出たばかりで、赤い鎧の剣士も乗ったらしい。次は十日以上先、と言う。
 月光は船着場をあきらめ、宿の方へ向かった。行商の時は泊まっても野宿だったので、二十一はとまどった。
 観成亭は盛須で一番大きな宿、入り口はゴールドラッシュの島にふさわしく金ピカだ。陽が落ちて、不夜城のにぎわいであふれている。中に入って一階は酒場、船乗りや山師たちだけでなく、金襴緞子に着飾った女たちに二十一は驚いた。振り返って、自分やしのぶの着物がくすんで見えた。
「ねーちゃん、酌をせいや」
 ごつい腕がしのぶの手を引いた。あわてて手を払い、二十一は割って入った。
「下がれ、下郎!」
「ほう、俺様の名前を知っているとはな。だがなあ、小僧ごときがそんな得物で、このゲロー様と張り合うたあ百年早いぜ」
 大陸から流れてきた赤ら顔の山師は、大仰に腰のハワイアンソードを抜いた。きゃあ、と女たちがが声をあげ、遠巻きに人の輪ができた。
「その面、気に入らねえな。俺様はヘルマンとゼスで二十人殺して手配されてんだぜ」
 ぶうん、ゲローはソードを振り上げる。対する二十一の腰には、いつもの木刀があるだけ、体格も倍違う。情況的には、圧倒的に不利。が、しのぶは落ち着いて見ていられた。昨日見たリック・アディスンの剣に比べ、ゲローの剣さばきは児戯に等しく、それは二十一も同様に見えているはずなのだ。
 適当に手首か鳩尾を打って、と思っていると、視界を黒い影がさえぎった。月光だ。
「なんだあ、てめえが親か? 土下座しても許さねえからな、まっぶたつにしてやる」
 ぎゃっ!
 小さな悲鳴、いつ抜いたのか、月光の右手に細身の白刃があった。胸から背中へ、肋骨の隙間を貫いて切っ先が出ていた。ゲローは大上段に振りかぶったまま、凍り付いて動かない。
「クリスタルソードだ!」
 月光の剣の握りに、赤く光る物が埋め込まれていた。カラーのクリスタル、それで強化された武器は人の戦闘力を増幅するが、心を蝕み魂を喰うと云われていた。
 ギロリ、月光の殺気が周囲を圧する。刀を抜きかけていた船乗りは、フンと背を向けて奥へと消えた。いきなり心臓を狙い撃ちする相手とは、腕試しもできないからだ。ゆるりと剣を抜く、血糊も付いてない。どんと胸を押すと、惚けた顔でゲローは後退りした。
「命までは勘弁してやってくれ。今朝がた、リック・アディスンに叩きのめされて、ずっと機嫌が悪かったんだ」
 仲間が出てきて、ゲローの腕を引いた。去れ、月光は低く応えて、ようやく剣を鞘に納めた。
「すごいやっ! あの剣、俺にも教えてよ」
 月光は黙したまま、二十一に応えない。それが答えだった。
 ゲローは危険な男だった、人を殺すに躊躇しない殺人鬼の目をしていた。対する二十一は、明らかに戦うのをためらっていた。町と店の雰囲気に呑まれていたのだ。相手の殺意と実行力を見抜くには、まだまだ経験が不足していた。だから月光は前に立った。
「おまえは将の剣を身に付けるのだ、リック・アディスンのような。われらが使う影の術はいらない」
 しのぶは諭して言った。
 二十一は納得いかぬ顔で、しぶしぶ首肯いた。すさまじい剣の腕を持ちながら、十年の間、そぶりも見せなかった。すべては、リックの使う将の剣を憶えさせるためだったのだ。育て親の技を受け継げない、すこし少年は悲しかった。
 どたっ、入り口の外で大きな音。ゲローが倒れていた。月光の剣が心臓を傷付ていたのだ。冠状動脈を何本か切っただけだから、心臓が止まるまで少々かかる、暗殺剣の極意の術だった。
 よく見ようと背伸びする二十一を、月光は店の奥へと引いた。


「クリスタルソードたあ、ぶっそうな物を持ち歩いとるなあ」
 ハンはニヤニヤ笑いで月光を見上げ、席へ着くよううながした。その後で、髷が天井をこすりそうな大男がムスッと立っている。
「大阪行きの船を探してる」
「金鷹丸、俺様の船が大阪行きだ、何人だね?」
 座った月光は指を3本立てた。二十一も横に腰掛けた。
「1人100ゴールド、3人で300ゴールドだ」
「300? 船が買えるよ!」
 ニヤリ、老廉な船乗りは素人の少年に切り返す。陸に上がった船乗りに、こんなやりとりは日常茶飯事だった。
「こぞう、船に乗るだけなら赤ん坊だってできる。が、船を操れるのは、特別な船乗りだけさ。海峡の潮は荒いぜ」
「バカにするな、俺だって!」
 ぐいっ、月光の手が二十一の膝をつかんだ。強い力に、うっと息が詰まった。
「乗る時に200払う。大阪に着いてから、残り100を払おう」
 パン、手を打って、ハンは商談成立の笑み。
 月光が手を引いて、歯軋りする二十一を席から立たせた。
「なんで言いなりに? 人をさらってホンコンやマカオに売りとばす、そんな連中にしか見えないよ!」
「おまえの見立ては正しい」
 思いがけない月光の言葉に、二十一は目をパチクリ。と、女が腕に胸を寄せてきた。しのぶの倍大きい乳房の柔らかさに、体が硬直した。麝香が鼻をくすぐり、はあと温かい息が唇にかかった。
「ぼうや、今夜は泊まるのぉ? なら、あたしの部屋よね、ねぇっ?」
 盛須の宿、観成亭は特別料金で女を部屋に付けていた、つまり売春宿でもあった。まだ泊まり客がとれない女が、初心そうな二十一に目を付けたのだ。
 えっえっ? うろたえる二十一と女の間に、しのぶが割り込んだ。
「行き先は決まった、寄り道は無しだ」
 しのぶに手を引かれ、二十一は月光とハンを追って出た。
 走りながら目をやると、入り口で女が手を振っていた。


 船着場に戻って、二十一は目をむいた。
 金鷹丸の舳先に高札がある、御朱印船だった。案内されるまま船倉へ、船底の床板を取って、その下へ入れさせられた。
「出航まで声を出すな。奉行も、ここまでは点検しない」
 床板を戻しながら、ハンは笑って言った。
「この船、沈みかけてる」
 床板の隙間からもれる光で、真っ暗ではない。船底の重し石の間は、海水が浸み入っていた。乗りなれてない陸者には、ひどく不安を抱かせる。
 しのぶが背中をつついた。石に混じって鉄箱があった。中は、砂金を詰めた袋でいっぱいだ。当然、密輸品である。
 月光は口に指をあて、沈黙を命じた。
 二十一は憤然として腕を組み、横になった。ザザーと波の音、ギギイと船のきしみ。山とは違う音にかこまれ、すこし心が静まった。
 わざわざ怪しげな船を選び、ひどい待遇を受け入れる月光に、少年は納得いかなかった。すべて修業である、リックの言葉を思い出した。わざとかもしれない、と考え直した。大阪に着けば見られない世の裏側を、あえて見せているのかもしれない。もう一度目を開け、二十一は床上の出来事に注意した。
「こっちは水樽です。これは干物で、あれは炭でさあ」
 ハンの声が近付いてきた。さっきと違い、なんとも畏まった言い方だ。相手は点検の奉行だろう。ついもれそうな笑いを、懸命にこらえた。


 夜明けに出航、やっと船底から出るのを許された。
 甲板に出ると、すでに盛須の湊は遠くにあった。振り向けば本土の山が近い、青くかすんだ山は佐渡の方だった。舳先から船尾へ、二十一は何度も往復した。
「こぞう、親父さんとこに戻って、おとなしくしてろ」
 罵声まがいの大声に、むっとして振り向く。が、声の主のハンは空を見上げていた。風や波の音に負けないよう、船乗りたちは大声で話すのだ。
 つられて同じ方を見ると、青い空の中に黒い雲があった。ピカと雷も走って、佐渡では見た事もない不気味な雲だ。二十一は納得して船倉へ下りた。
「将たる者は、どっしり構えて、動かぬものだ」
 月光がしかった。ふん、腕組みして、となりに座る二十一。くすくす、しのぶが笑っていた。
「血筋かの、とと様によう似とる。戦場を離れると、そわそわウロウロ、落ち着かない御仁であった」
 とと様、山本二十一の父は大陸の王、ランスである。リーザスを治め、ヘルマンを征服し、JAPANでは織田信長を滅ぼした。魔人アイゼル、ノス、ジーク、レイを倒した。大陸統一寸前というところで、配下のはずの魔人サテラの奸計に墜ち、魔王に殺された。大阪にいる頃から、寝物語に聞いてきた。いつの日か、サテラと魔王を倒し、父の仇を討つのだ。佐渡での修業は終った。侍の子の果たすべき事を、少年は再確認しようとしていた。
 どん!
 船が揺れ、きしんだ。
「嵐かな?」
 二十一の言葉に、月光は首を振った。窓の外を見れば、波はおだやかなままだ。
 ぎしぎしぎしっ、船がきしんで傾いた。ただ事ではない。
 3人は立ち上がり、甲板へ急いだ。


 ぐあぁっ、怪物が帆柱の上にいた。
 6本の腕を振るい、巨大なキバを持つリスの魔人ケイブリスだ。頭上には、さっきの黒雲が渦を巻いている。
「クリスタル持ってる奴はいねがーっ、クリスタル隠してる奴はいねがーっ!」
 あまりの轟音に、耳が痛くなる。それでも、かろうじて言葉と認識できた。二十一は樽の後に入り、恐ろしい化け物から目をそらした。
 月光が剣を抜いた、赤い光がもれる。魔人の言うクリスタルを仕込んだ剣だ。
「行けっ! 二十一、行けえっ!」
 育ての父の最後の言葉だった。
 ばきばきっ、帆柱が三つに折れ、魔人が甲板に下りた。船が大きくゆれる、波しぶきが甲板を濡らした。
 6本の腕を掻いくぐり、俊足の術で月光は魔人の懐へ飛び込んだ。ざっ、クリスタルソードが喉を貫いた・・・・・・・かに見えた。が、剣は刺さりもせず、ぐにゃりと曲がっていた。
「てめえ、なまいきだ」
 首、胴、足を6本の腕が捕まえた。ふん、指先に力を込め、引き裂いた。パンと血がはじけ、それは肉塊になった。喉下にひっかかったままの剣を取り、クリスタルを見て、魔人はニヤと笑った。
 声も出せず、ただ二十一は震えた。ゲローを一瞬に刺した月光が、かくも呆気なく殺されたのだ。海の上では、山で鍛えた足で逃げるわけにもいかない。万事窮す、身を縮めて樽にしがみついていた。
 ぐいっ、しのぶの左手が衿をつかんで吊り上げた。女の力ではない、忍者の剛力だ。右手には剣が、柄に赤いクリスタルが埋め込まれていた。影響か、目が血走っている。
「行けっ、かか様のところへ! JAPANの希望となれ!」
 ぶん、しのぶは二十一を放り投げた。数メートル飛んで、どぶん、海に落ちた。ぷはっ、波間に顔を出して見ると、船は半分以上沈んでいた。
「姉えぇっ!」
 叫んでも、波の音にかき消された。
 バン、船が煙につつまれた。紫色がかった煙は、パラライズの煙玉だ。二十一と一緒に狩りをする時に使った事がある、しのぶの忍具のひとつである。
 ぐあああぁっ、魔人が悲鳴をあげた。そのスキを突き、しのぶは首の後へとりついた。ざくっ、延髄へクリスタルソードを突き立てた、人間なら千枚通しの針でも必殺のポイントだ。
「てめえ、女でも許さんぞおっ!」
 ケイブリスは長い腕を回し、ひょいと背中の女を捕まえた。むん、念を送ると、バンと炎が手中に噴いた。ゴリゴリ、指でしごくと炭が崩れて落ちた。手を開くと、炎の跡にクリスタルが残っていた。
「魔王様の法だ。クリスタル持ってる奴は許さねえ、クリスタル持ってれば死刑だあ!」
 魔人は炎を巻いて飛び上がった。衝撃で船はまっぷたつにちぎれ、船底をさらして沈んだ。
 流れてきた帆柱の破片につかまり、二十一は泣いていた。いくら涙を流しても、次々波があらってしまった。魔人を前に、何もできなかった自分が悔しかった。
 いつまでも一緒だ、離れはしない・・・・・昨夜、しのぶが言った。その声が、また耳に響いた。あの言葉は破られた、守る力を二十一は持っていなかったから。
 俺は強くなる。強くなって、魔人を討つ。育ての父月光と育ての母しのぶの仇をとり、いつか魔王を討つ。
 うおおおっ!
 少年は叫んだ。言葉ではない、ただ決意の雄叫びだった。


<続く>


 後書き


本作は須達龍也氏著「真鬼畜王」から発想した、外伝的エピソードです。
中編「THE EMPEROR STRIKES OFF」後編「RETURN OF THE SON」の3部作を予定してます。

シルフィナ曰く、JAPANの山奥で仙人のように過ごした、山本二十一の物語です。

OOTAU1
2003.10.13