蕎麦の南蛮  その             <  サイトへ移動   .

    西の「なんば」・東の「なんばん」  

     そば屋の定番メニューに、鴨南蛮・鳥南蛮・カレー南蛮・親子南蛮などがある。
    どういう訳かこの「南蛮」の読み方には東西の違いがあって、東では鴨なんばん・カレーなんばんなど「なんばん」、西の上方では京都も大阪も共通して鴨なんば・親子なんば と言って「なんば」である。もっとも「かもなん」「とりなん」などと略して「なん」とつまる場合は東西どちらも同じだ。
     南蛮の代表格である鴨南蛮が売り出されたのは文化年間(1804〜18)の江戸であり、カレー南蛮のほうは時代が下って明治42年の大阪である。
    初めて鴨そばが売り出された時、どういう謂われで「鴨なんばん」と命名されたのか、またその後、大阪で売り出された「カレーそば」は、なぜ「カレーなんば」と呼ばれるようになったのかが明らかでない。
     江戸では鴨そばに「南蛮」という漢字をあてて「なんばん」と呼び、上方では「なんば」と称した。それ以来(実際にはもっと以前からかも知れないが)そばにおける「なんばん・なんば」という異なる呼称が、東西それぞれで定着しているのである。 そもそもの南蛮と付けられた訳や、江戸は「なんばん」であり、上方は京都も大阪も「なんば」となったいきさつは分からないのである。

     いくつかの書物(特に料理やそば関係の本)では、「南蛮」は南蛮料理や異風なる物に通ずるとし、大阪ではネギを使った料理を南蛮と言い、昔から難波がネギの産地であったのでネギのことを「なんば」と言った。したがって、そばの南蛮もネギをつかっているので「なんば」であると説明しているが、難波がネギの産地だったから「なんば」では、大阪では通じても京都までの説明にはなりえない。それに、かつての難波がネギの産地であったという資料がみあたらないのである。

     ネギは広辞苑によると「ユリ科の多年草・中央アジア原産で古くから栽培」されていたとあり、日本では奈良時代にはすでに栽培されていた。
    日本書紀(720)では秋葱(アキキ)、10世紀前半の和名抄の葱(キ)を経て中世以降には根葱(ネギ)が定着する。江戸時代の方言集「物類称呼」(1775)では、関東でネギ、関西はネブカともなっている。
     鴨は代表的な渡り鳥で、さほど人を恐れない性質で比較的容易に捕獲できるところから「鴨にする」「いい鴨」などと言われ、それこそ日本の太古から冬の味覚にされてきた。
    各地の古池や湖沼あるいは川筋に鴨猟場や御狩場の名残が伝わっていて、その仕掛けについても鴨の好む籾や稗で餌付けして馴らして行う方法や鴨張り網、投げ網、峰越網など捕獲方法や道具類も猟場や地形に合わせて開発されるなど古い歴史がある。さらには真鴨を家禽化した合鴨・家鴨(あひる)など飼育の歴史も長い。

     日本料理では、良い組み合わせ、料理の相性の良いことを「であいもの」という。例えば「筍とわかめ」「ブリと大根」「サンマと大根おろし」などはよい例だ。
    逆に、同食すると良くない(と伝承されている)ものを「食い合わせ」といって「ウナギと梅干し」「蕎麦とタニシ」「蕎麦とスイカ」などこちらもいろいろある。今では消化の良い食べ物に入るそばも昔は消化が悪く傷みやすい食べ物であったことがわかる。
     なんと言っても日本料理の「であい物」の代表は鴨がネギを背負ってくる「鴨とネギ」であり、まさしく日本古来からの「であい物」なのである。
     ネギも鴨もそれ自体は日本古来からの食べ物であって、本来なら「南蛮」という言葉との共通性はない。日本で生まれた「そば切り」と古来からの「であい物」が加わって、それを「鴨南蛮」と名付けた根拠はどうしても分からないのである。

     もともと「南蛮」という言葉は、鎖国以前にキリスト教とともに、多くはポルトガルから伝来した。南蛮文化とか南蛮料理、南蛮菓子などと使われたり、南方方面から渡来した異国人や物を総称したり、異風・奇異なものにまでかなり多方面に使われた言葉である。
    さらには、茶人の間でも、中国南部から東南アジア一帯で造られた粗相な焼き締め造りの陶器などにも「南蛮」という言葉を使い、たとえば、名古屋の徳川美術館所蔵で明時代(16世紀)の芋頭(いもがしら)という銘の水差のことを南蛮水指という例もある。
    この他、料理に関するものとしては 16世紀の南蛮貿易を通じて野菜類がもたらされていて、南蛮黍(なんば・なんばんきび:トウモロコシの異称)・唐辛子・ジャガ芋・瓜類ではスイカやカボチャ(なんきん)なども南蛮物と言った。また 野菜と魚鳥などを油で炒めた煮物のことを言ったりもしている。

     いずれにしても、多くの分野でやたらに南蛮という言葉が使われているのであるが「そばと南蛮」との結びつきを解明するヒントは見当たらない。
    その上、「南蛮」についての呼称が江戸・東京では「なんばん」であるのにたいし京・大阪の上方では「なんば」となっているのである。
【 Top 】        【 Next 】