巻頭言
朝 の 道
水 戸 部 修 治

 朝もやの中を歩くのが好きだ。

 初めての道はもちろん、日ごろ通い慣れている道でも、ゆっくりと歩くことで初めて気付くことがある。朝という時間は、とりわけその気付きの感度を高めてくれるらしい。
 故郷の道を歩くときはなおさらである。小さい頃よく遊んだ草の生い茂った砂利道は、広い舗装道路になってしまったけれど、周りの風景や果樹の畑の連なりは、まるで時間が止まったかのようにかつての面影を色濃く残してくれている。
 脇道を見つけて進んでいくと、リンゴの木に白い花が咲き始めている。長い冬をじっと耐えていた樹々が、満を持していっせいに可憐な花をつける。ラフランス、和ナシ、スモモ、そしてサクランボ……。青い空に映える果樹の白い花々は、北国の長い冬を乗り越え、春の到来を告げる生命の息吹にも似ている。

 ずいぶん以前のこと、季節は夏の初め頃だったろう。そうした故郷の道を歩いた折、早朝の葡萄畑を進んでいくと、ばたばたと音がする。何となく気になって立ち止まり、様子をうかがうと、雌のキジが一羽、羽をばたつかせながら道を横切って走って行くのが目に入った。
 けがをしている。
 そのように見える走りぶりであった。じっとしていれば見つかることもないのに、そう思いながら一瞬、あとを追いかけようとして足を止めた。キジの走っていく方向とは逆の方から、かすかな音がするのだ。
 そっとその音の方に進んでいくと、キジのヒナが二羽ほど隠れているのが見えた。
 私は、はっとした。先ほどの雌キジは、けがをしていたのではなかったのだ。近づいてくる人間に気付き、ヒナから遠ざけるために自らをおとりに使って、注意をそらそうとしたのだ。
 確かに、傷を負っているようなそして、敵が見れば容易に捕らえることができそうな走り方をし ていた。歩くことも忘れて、しばらく母キジとヒナたちを少し離れたところから見つめていた。
 母キジは、本能的に子どもを守るための行動を取ったのかもしれない。しかしその行動は、とても尊いものに思えた。命の輝きと力強さとをかいま見た思いであった。
(京都女子大学発達教育学部教授)