巻頭言
言葉が世界を広げてくれる
植 田 明 代

 民話『三年とうげ』に「誰だってため息の出るほどよい眺め」というくだりがあります。得も言われぬ美しさ。絶景と称される名勝地でなくても、今までの人生で、あそこは!と心に残る景色が皆さんもあられるでしょう。写真にも残っていない、自分の心の中に宝 物としてある景色、情景。

 私の宝物は、学生時代、一人暮らししていた京都から姫路へ帰省する電車が須磨にさしかかるときに出会った景色です。うっとりするような美しい夕焼け空。見たこともないワイン色、でも単色ではなくグラデーションでもない、そして刻々と変容していく。そこへ車窓に流れる松林のかげ、遠くに見える浮舟、島々…。夕日が凪に写って光り、それが自分の元まで一筋に続いて来て共に西へ進む。恐らくこれから拓いていくべき道について考えていたその時の状況もあいまって美しく感じる気持ちが高ま ったのもあるでしょう。あまりの情景に「美しい」だけでは足らず、麗しい・綺麗・壮観・神秘的・・と言葉を重ねてみる。悠然たる景色〜やはり一言では難しい。他に類がないから言い表し難いし、だからこそ言い表したくもあります。

 「夕やけを見てもあまり美しいと思わなかったけれど字を覚えて本当に美しいと思うようになりました。」と言われたのは、識字学級で文字を学ばれ、七十歳で初めて手紙を書かれた北代さんという方です。文字を知り、生活に色が、彩りが出てきたのです。たくさんの喜びが増え、日々が楽しくて、もっともっと学びたい、うんと長生きしたいと思うようになったそうです。言葉を知ることで、その美しさを本当に美しいと感じられるようになる、進む車窓からの情景を見ながら、北代さんの言葉がぐっと私に語りかけてきました。その後も、文字を学ぶ中で、自分を伝える言葉、相手を知り情景を感じ取る言葉、様々な言葉を知る喜びを謳歌されたことと思います。

 私もそうです!言葉を知ることで今見えている世界が、更に広く豊かに見えてくる。自分の中の世界も拡がってくる。そんな風に感じるのです。目の前の子ども達も日々、発見・感動の連続の中、目を輝かせて言葉を自分のものにしていっています。「国語力は人間 力」と話される吉永幸司先生とお会いしてからまた一層、言葉の魅力と、それが広げてくれる暮らしの彩り・豊かさを、子ども達と共にみつけていきたいと強く思うのです。
(兵庫県加東市立東条西小学校)