巻頭言
大切だと思うこと
寺 村 雅 子

 人との出会いや別れは、人生を左右することがある。

 20数年前、大学受験のために神戸から東京へ行くための新幹線に乗ったときのこと。ちょうど、空いている自由席があった。隣には、男の人が1人。今から思えば、30歳代ぐらいのサラリーマンだったのだろう。
 しばらくして、「このマンガ、貸してもらってもいい?」と私が読んでいた本を指さした。緊張しながら「どうぞ」と言うと、少しずつ話し始めた。

 今から、どこへ行くのか、何のために行くのか、と聞かれ、大学受験のため、東京に行くことを話した。私も相手に興味本位で聞いてみた。「見送ってくれていた女の人は、恋人ですか」と聞くと、婚約者で間もなく結婚式を挙げること。長い間つきあっていた恋人もいたのだけれども、転勤で離れて別れてしまったことを淡々と話した。別れた恋人は、当時、まだ珍しかったコンピュータのシステムグラマーになって活躍し、自分の給料よりもずっと多く稼ぎがある。その仕事を辞めてまで、自分についてきてくれとは言えなかった。人の心は、どうすることもできないんだ、と呟いた。
 一瞬、自分だったらどうするんだろう、と考えた途端、「何の学科を希望しているの」と聞かれ、一番進学したかった「心理学です」と応えた。すると、「これから20年後にはコンピュータ社会になって、精神的につらい人がきっと多くなる。アメリカがそうであるように、必ず日本も同じになる。いい勉強を目指したね」と言われた。20年後の今、確かにそうなっている。

 その後、希望する学科には進学できずに違う学科で4年間勉強した。今は、専門的とは言えないが、子ども達の心の中を見つめる職業に就いている。
 人生の中の時間でいうと、本当に短いわずかな時間を過ごしただけなのに、忘れられないのはなぜだろう。
 それは、人に話すことで自分自身の考えを明確にしたからではないか。自分は、心理学を勉強したいのだと。話しながら、自分自身に言い聞かせていくように。

 人は1人では生きていけない。人との交わりの中で生きていく。私たちは、学校という社会で、子どもたちと向き合っている。子どもたちに、自分の思いや考えをきちんと伝えられる方法や言葉を子どもたちに学ばせているだろうか。
 どこで、どんなときに、誰と出会っても自分を語れるように。
(高知県教育委員会)