巻頭言
言 葉 と 心
加 藤 伸 二

 小学校の新任校長として四苦八苦していた時期を脱し、子どもたちや教職員の気持ちを理解し、少しずつ自分が望む方向へ学校経営が進み始めたと感じていた十月下旬のある日。一通の手紙が校長宛に届いた。
 その手紙は、学区内に在住の、二年後に入学予定の子を持つ父親からのものだった。手紙の概要は、
ーー自分は、清掃員としてこの地区を担当している。下校の時間帯にごみ収集をしていると、何人もの児童が「くせえ!」「おえ!」などの言葉を自分らに浴びせかける。始めはその都度注意していたが、最近では注意しきれないほどの人数になっている。これは学校の問題ではないか。ーーということだった。
 校長としては、順調に進んでいると思い込んでいただけに、冷や水を掛けられた思いだった。

 この件の背景には、言葉と心、地域の方々とのコミュニケーション、職業観などの問題があると判断した。すぐさま教頭と対応策を練り、教職員を招集して短期・中期・長期に分けた策を説明し、実行した。もちろん皮切りは校長講話である。
 講話では、残念な事実を伝えた上で、心ない言葉がどれほど人の心を傷つけるか、世の中には自分を支えてくれる沢山の大人が働いてくれていること、感謝の気持ちは言葉と行動で表してこそ伝わるものであることを強調した。

 それから半月後のある朝、校門で子どもたちを出迎えようとしていた校長は、通りがかった地域の年配の方から、「感心な児童がいる。毎朝、早朝に校庭でサッカー練習に励んだ後、校庭のごみ拾いをし、爽やかな挨拶もしてくれる」という情報をいただいた。
 さらに、毎日子どもたちの登下校を見守ってくださるボランティアの方が「昨日、近くのスーパーで買い物をしていたら、突然、六年生の子が『いつもお世話になっています』と声をかけてきた」と嬉しそうに話してくださった。「子どもは、家庭で躾られ、学校で学び、地域で育つ」と、よく言われる。
 学校で学んだ言葉の力が、地域の中でどのように発揮されているのか。必要な場面で、必要な相手に、適切で心のこもった言葉を使えているか。そんなことを気に掛けながら、新任校長は、今日も地域の方々の立ち話から生の情報をいただいている。