巻頭言
「ビタミンI(愛)」入りのことばを届けたい
澤 本 和 子

 2008年10月の朝日新聞で、久しぶりに吉田秀和氏の評論を読んだ。映画と音楽の話題で、映画の筋を忘れても音の響きはしっかり覚えているという内容であった。最後に音楽としてリルケの詩を1編紹介していた。秋の輝く日射しをあと2日間しっかりと受けて、完熟を待つ葡萄が静かな田園風景と共に描かれていた。

 それをプリントして4年生の卒論ゼミ指導の時間に配布した。9月〜10月の教員採用試験結果が出た直後である。今年は幸い9人の4年ゼミ生全員が目標を達成することが出来た。しかし次なる難関の卒論作成課題が、彼女たちを持っている。そこでこの詩を進呈し、こう説明した。

 今のあなた方は、ここに描かれている美しい葡萄です。あと2日間、太陽にあたると完熟して美味しい葡萄になるのです。でも今のままならまだ酸っぱい。あと2日間が大事です。卒論を書き上げ提出して、それで美しくて美味しい葡萄になれるわけですね。

 吉田氏は、ナチが音楽を利用した話題に触れつつも、音楽が人の命を育み、その美が私たちの生命力に働きかけると語る。筆者は、ことばもまた、その力を持つことを思う。リルケの1篇は美しい音楽であると同時に、美しいことばの力で学生を包んでくれた。

 今その連想から、以前見た映画「愛と喝采の日々」を思い出した。主演のシャーリー・マクレーンが、人の悪口を言う青春時代のライバルに向かっていうことばだ。
「ほら、あなたの口から蛇やトカゲやナメクジが出てくる!」 こんな意味だったと思う。

 ことばを使うのなら、人を幸せにし、暖かく包む「ビタミンI(愛)」入りを使いたい。教師や親が子どもに向かって語ることばであればなおさらである。自分の子ども達が成人した今、年齢のせいかもしれないが、その思いを一層強く抱く。厳しく叱ることは大切だが、それは拒絶ではなく受容と祈りのはずである。

 尊敬する東洋氏(東京大学名誉教授)は、その著書『子どもの能力と教育評価』(東大出版会)で、子どもの評価は「清く、正しく、愛深く」行うよう述べている。

 筆者はこれを宝物とし、評価の話題を話すときには紹介している。今や子どもだけでなく、生活に疲れた大人にも、欠かせないのが「ビタミンI」入りのことばではないだろうか。
(日本女子大学人間社会学部教授)