[特別寄稿]
採用4年目教員が思う現代若手教員研修考
井 上 幸 信

 特定の都市部を除いて、教員採用が狭き門となった時代である。そんな時代であるから、採用されて現場に出てくる若者の多くは教育に対して熱意のある若人のはずである。しかし、私的な研修団体に参加する二十代の先生は極めて少ない。……今の若手教員は己の教師としての力量形成に意欲がないのであろうか……。そのような問いとも嘆きともつかぬ声を聞くことも少なくはない。

 しかし、答えは「否」である。本当は、若手の中にも勉強したい先生はたくさんいる。しかし、「研修会」というだけで大仰なイメージがある。勇気を出して覗いてみると、聞いたこともないような用語が次々飛び出し、自分より経験のある先生の実践がズバズバと斬られていく。それを見ていて、きっと彼らの多くは感じるのだ。「ああ、ここは私如きが来るところではない。次元が違う」と。

 これは、私の憶測ではない。一昨年、「繭の会」というサークルを始めた。参加には条件があり、採用から六年目までの教員しか加入できない。若手による、若手のための国語教育サークル。若手教員に自己修養の意識がなければ、繁盛しないことが前提となっている団体である。

 そのサークルには、現在三十余名の若手教員がメンバーとして名を連ね、月例の研修を重ねている。彼らは一様に口にする。「等身大の自分で話せて、身の丈にあった研修ができるのがいい」若手は、確かにその身体の内奥に熱をもっている。ただ、それを燃やす場を見出せないだけなのだ。

 有り余る情熱を滾らせている若手もいる。この九月から、インターネット上で指導案を公開し、検討し合う若手の為の活動を始めた。開始早々から静岡と山形の先生方が激論を交わし、その後も指導案の掲載を希望する若者が続々と名乗りを上げている。

 若手教員の多くは、その若さ故の未熟さと情熱を確かにもっている。その情熱を思う存分発揮し、その未熟さを補っていけるような場が、日本中にもっともっと出来るといいと思う。そうなれば、国語教育の未来はずっとずっと明るいものになるだろうから。
(新潟県村上市立村上南小学校)