巻頭言
【児童作文】
遠足の本来の意味
5年 羽溪 慶喜

 ぼくには心残りな事がある。これは今更どうする事もできないが是非書こうと思う。
 あれは春の事。ぼくはワクワクしていた。何故なら、もうすぐ待ちに待った遠足だからだ。遠足の数日前から、おやつは何を買おう、弁当の中身は何だろう、神戸港ってどんな所だろうと考えていた。
 遠足の前日、ぼくは気分がよくない事を感じながらも普通の生活をしていた。今更遅いが、あの時少しひかえめにしていれば、後でひどい目に会う事はなかったのかもしれない。
 そして遠足当日、悲惨にもぼくは風邪をひいてしまった。頭はわれるように痛く、お腹も息苦しいほどだった。その上熱もあり、約三十九度だったそうだ。それでもなお、行こうと必死、心の中では決心がついていたぼく。そこへ父がやった来て、
「これでは無理、今日は寝とけ!」
 そして祖母まで来て、
「早く連絡せんと、先生心配しやはるよ。」
と決断を迫られた。そして父がくぎをさすように、
「今日は無理、分かったか!」
と言われた。ぼくは内心ちくしょーと思いながらも、しかたなく同意した。そして、父が連絡をした。
「今日は休みます。」
と。この時、ぼくはくやしさ、悲しさ、絶望でいっぱいだった。そんな気持ちで布団にもぐっていると、父が来て、
「そんなに遠足に行きたかったのか?」
と言った。
「もちろん。」
と、ぼく。
「それなら今度、一緒に神戸に行って、帰りにどっ かでおいしい食事して帰ろう。」
と父が言った。それならいいじゃないか、と思う人もいると思う。
しかし、ぼくは、
「いい。」
と断わった。
 確かに父の提案も悪くないと思う。でも、それでは遠足という気がしない。ぼくは友達と一緒に行って、遊んで、学んで、お弁当を食べて帰ってくる、それが遠足だと思ったからだ。
 今でもとても心残りなことだが、遠足の本来の意味を感じた。それ以降の遠足などは、おそらくだれよりも楽しめたのではないかと思っている。
(京都女子大学付属小学校 学校文集「ふじのこ」44号より)