巻頭言
研修医として思うこと
田 中 朋 子

 国語が大好きで、吉永先生の授業が待ち遠しくて仕方がなかったあの頃。あれから、あっという間に十数年がたちました。
 私は今、研修医として働いています。

 告知の時代、といわれていますが、「あなたは癌です」ということは、決して告知ではありません。早期なのか、進行しているのか、予後はどれぐらいなのか、今後起こりえる症状、今後行っていく治療、副作用などなど、医師が知り得るすべてを患者さんに伝える、これが、本当の告知です。けれど、これは、本当に大変なことです。
「あなたの命は、あと3年ぐらいで、この抗癌剤を使えば、普通に生活していられる期間が3ヶ月ぐらいは延びるかもしれなくて…。」
 こういうことを患者さんに正直に伝えるということ、それは、「私は決してあなたから逃げないですよ」という意思表示なのです。あなたの身にこれから起こり得るであろう、苦しみや、痛みから、私は逃げません、一緒に戦いましょう。そういうことだからです。医師は一人で何人もの患者さんと向き合わなくてはいけません。だから、一人ひとりの患者さんから逃げないこと、これは本当に大変なことなのです。

 最近、とても素晴らしい死を経験しました。癌と診断されてから、手術、抗癌剤、放射線、苦しい治 療を乗り越え、はじめに余命と思われた期間よりもずっと元気に生きてこられた患者さんでした。最後の告知を行った時、「おそらく、ご主人は後、数日の余命です。」 この言葉は医師にとって本当につらい言葉でありその数百倍、家族にとってつらい言葉であると思います。
「今まで本当にがんばりました。先生がそばで見ていてくれたからここまでがんばれました。ありがとう。」
 患者さんの妻から、この言葉を聞いたとき、私は、患者さんとその家族とその医師を本当に尊敬しました。

 人間には寿命があって、いつかは必ず死にます。その最後の言葉が「ありがとう」。この2年足らずでたくさんの死を経験しました。ひとつとして同じ死はありません。人の最期をともに戦うこと、このことの重さを決して忘れることなく「逃げない」姿勢を大切に、まだ始まったばかりの医師としての日々を、一歩一歩、歩いていきたいと思います。

 今回、書くことで、自分と向き合い考えをまとめるという心地よさと久しぶりに出会うことができました。忘れてはいけない気持ちですね。ありがとうございました。
(関西医科大学附属病院)