巻頭言
新 鮮 な 感 動
金 杉 昭 一

 風呂から出て居間に戻ると、妻が一人で、涙ぐんでテレビに見入っていた。

 画面は、知的障害を持つ人達が真剣な面もちで、ケーキ作りに取り組んでいるものだった。24歳の幸江さんという、ダウン症の女性をレンズが追っている。番組は、NHK「人間ドキュメント『真心ケーキを召し上がれ』」である。一生懸命小麦粉を練っている38歳の男性の肩に優しく手をかけ、微笑みながら、彼女が話している。もっとよく練るようにとやや回らぬ口で、真剣に。

 彼女は、小中学生の時に、ひどいいじめにあった。原因は、面倒見の良い先生が、少しでも自分で考えられるようにと、答えも教えて問題を与えていたことらしい。健常な友達たちは、幸江さんの障害を理解しようとするよりも特別扱いが面白くなかった。幸江さんはそのことを画面で話しながら、自分がみんなと違うことをしていたのがいけなかった、と語った。現在は親から独立して一人で暮らしている。

 この人達の面倒を見ている、50歳すぎたくらいの女性の園長さんが、時々失踪してしまう、先ほどの男性に言い聞かせている。こんこんと、しかし優しく。本人が本当に分かったかどうかを見届けながら、繰り返し話している。表情と言葉は穏やかでも、心の内は必死なものであることが良く伝わってきた。

 みんなの、ケーキ作りの一番の喜びは、ケーキが上手にできあがったときと、ケーキを買いに来る多くのお客さん達の喜んでくれる顔と言葉だ。その気持ちの純粋さに感動した。障害を持っているために、自分たちだけでなく一般の人達との間で苦労することが多いはずだ。そう思いながらも、感動させられる方が強かった。同じような経験は何度もあるが、その感動は今回も新鮮だった。

 知的障害者、健常者の区別なく、人は、まず体験して、体験からあることを認識し、知識を獲得して生きる力を身につける。今、学校が子ども達の興味、関心を喚起するために、子ども主体の学習活動を工夫していることに、間違いはない。でも、それがいつの間にか学習の目的になり、本来の学びの目的が見失われている現実がある。

 子ども自身が、確かに学習の目的を自覚して活動し、その成果を語れるような授業を目指したい。

 そんなことをこの番組で考えた。
(東京国際大学講師)