▼足が速かった。学年で常に五指に入る。負けず嫌いで野球も水泳も得意。そんなスポーツ少年が文学少年に転じたのは、国語の先生と出会ってからだ。ーー池内紀さん(ドイツ文学者、「ファウスト」の新訳で毎日出版文化賞受賞)を、こう紹介している記事に出会った。(読売新聞)

▼池内さんの生き方を変えたといわれる国語教室は次のようなものであったという。先生は、芥川龍之介らの短編をよく朗読してくれた、ということが一つ。皆で俳句を作り、黒板に書き出し互選したこともあるというのが二つめ。よい作文は教室で読み上げられたというのが三つめ。

▼作文については、次のようなことがあったという。長い石段で知られる香川県の屋島に旅行したとき、石段を上る様子を観光客向けの駕籠かきの視点で書いてみた。先生はとてもほめてくれたというエピソードもあるという。

▼朗読、俳句作り、よい作文を読み上げるという方法は、最近では少し工夫している学級であれば日常的な教室風景。多くの池内さんが育つかどうかについては、「先生は個性を育てようとしていた。教師の本質を見抜く時期、尊敬できた」という言葉が心に残る。

▼「当時から周囲とは物差しが違う、自分の世界を持った少年でした」と先生は方っておられた。

▼一人一人の子どものきらめく才能の芽吹きに立ち会える幸せが教師にはある。(吉永幸司)