▼朝、欠席の連絡を時々電話で受けることがある。電話の向こうの表情が分かる。欠席の理由を聞きながら「学校へは喜んできてもらってますか」と尋ねる。「いいえ。あまり行きたがらないのです」と話して下さる。その後、登校をしぶる様子を少しずつ話してもらう。このように電話を受けられる日は、気持ちにゆとりがある日。何かしないといけないと思う課題があると、とてもゆったりと話を聞いてはいられない。

▼経験からいえば、授業でもそうである。余裕があるときとそうでないときは、表情から対応まで違いが出てくる。子どもが意欲を持って授業に臨んでいるときは、多くの場合教師にゆとりがある。

▼ゆとりについて、折々のことをまとめると次のようになる。@気持ちにゆとりがないとき授業は教師の独りよがりになる。A子どもとの関わりが乏しいとき、難しい言葉で子どもに対している。B子どもとの距離をとっていないとき、放任か過保護になっている。C過程を省くと、能力以上のことを子どもに押しつけている。D教材研究の幅が狭いと授業は硬直する。E課題など詳しい説明を必要とする授業は子どもにはもっと分かりくい。ゆとりこそ充実と思う。

▼ゆとりと充実を思いながら「総合的な学習」のことをふっと思い出した。総合的な学習に対する関心は高まるばかり。今後、ゆとりの中で、活動が構想できるかどうかであろう。(吉永幸司)