ペットロス体験


花マーク


私が初めて可愛がっていた子を失ったのは 小学校6年生の頃でした。

団地にいた野良犬と仲良くなり その子の世話をしていたのですが 

ある日 突然捕獲されてしまったのです。


その時の私はまだ何も知らず その後その子がどういう運命を辿るのか

考える事もありませんでした。きっと別の場所で生きる事になるんだろうと・・・

そんな事を思っていた程度でした。


勿論その後 真実を知りましたが その時からでしょうか。

私が関わった子は 絶対保健所送りにはしないと誓ったのは。

その思いとその犬に対する誓いがあったから 今日まで来たのだと思います。


今住んでいる場所で 新たに出会ったのは 犬ではなく 猫でした。

餌付けされた猫がいて その猫が産んだ子が保健所送りになりかけていたのを

私はどうしても許す事が出来ず 以来面倒を見る生活が始まったのでした。

関わったからには 幸せにしてやりたい・・・その思いだけで一生懸命でしたが

クッキーという子猫が私の手の中であっという間に亡くなった時

私はショックのあまり 何日も泣き通し 食事も食べられませんでした。

これは 子供の頃にも体験した事のない 重くて苦しい体験でした。

何をやっても癒される事もなく 忘れる事も勿論出来ず 

どうやって自分自身を保てばいいのか まったくわからない状態が続きました。

周りの人に この悲しみがどれだけ深いか解って貰いたいけど

想像は出来ても 理解するには至らない・・・

そうです。この感情は 体験した者同士でないと理解できないのだと思います。

言葉では何とでも言えるだろうし 慰める事も出来るでしょう。

でもそんな言葉で済まされないほどの 言い表せない悔しさや辛さや悲しみが

いつまでも心の中に渦を巻いているんです。

私の場合 性格上 猫や犬が亡くなったからって 

そんなに落ち込む事じゃないじゃないって言われたら

相手に噛み付くタイプなので まだ楽な方なのかもしれません。

自分の感情をぶつけて 理解されなくとも とにかく言いたい事は言えると・・・

でも 理解されない悔しさは やはりかなりのものがあります。

どうして 悲しむのは可笑しなことなの?馬鹿馬鹿しいって言うの?

仕方ないという言葉で簡単に片付けられるの?

それが出来ないから 苦しむのではないでしょうか?


私は 共に暮らす動物が亡くなったら 人間の家族が亡くなったのと同様

悲しくて辛くて当然だと思っています。

それだけ その子に対する愛情が深かったからです。

人間は人間 動物はあくまで動物。そういう一線を引くべき場面もありますが

共に暮らして 時間を共有し 時間だけではなく 人生の一部も共有する相手です。

こちらが愛情を持つのと同様 向こうもこちらに親愛の情を持って接してくれる。

そういう子が亡くなって 泣く事は 全然おかしなことではありません。

理解してくれる人を見つけるのは そう簡単ではない事も事実でしょう。

口先だけの慰めを言う人もいるかも知れません。

事実 私の周りにもそういう人は結構います。

でも 姿形はどうであれ 人間の子となんら変わりのないもの。

他の何にも替えられない唯一無二の子達なのです。

何を言われようが 構うものか・・・

大切な子を失うたびに そういう思いが強くなりました。

だから 何を言われても どう思われても構わない。

自分の悲しみは吐き出そう・・・そう行動するようになりました。


大切な子を失って やり場の無い感情を抱いている方もいると思います。

吐き出す場がもし無ければ どうぞ 掲示板に吐き出してください。

1人で抱え込まないで下さい。

誰かが聞いてくれる・・・それだけで 随分違ってくることもあると思います。


泣きたいだけ思い切り泣ける・・・そんな場になればと思っています。