Ozonews in Japan, vol.40, (2001), pp.3-7. UpLoad 6.Aug.2001
解説講座

材料合成プロセスへのオゾンの利用

京都大学大学院エネルギー科学研究科
鈴木亮輔


1.はじめに

近年のオゾン発生装置の著しい進歩により高濃度のオゾンガス(体積濃度に換算すると約12vol%O3以上)を比較的簡便に大量に利用できるようになったので、強い酸化力を持つオゾンガスは有機物ばかりではなく無機固体の酸化にも工業的に利用できる可能性が出てきた。例えばシリコンをはじめとする半導体表面での酸化処理など工業的な利用が活発になっている。ここでは半導体に限らず、オゾンで無機材料の酸化処理(多くは室温以上での処理となる)への適用の可能性について、熱力学的に検討しいくつかの事例について述べたい。

材料熱力学は反応が進むかどうかについて可能か不可能かを判定する道具であり、オゾンで何が可能で何が不可能であるのかを知るのに最適な判断を与えてくれる。ここでは大気圧の酸素ガスでは合成することのできない酸化物や過酸化物を、大気圧のオゾンガスで合成できることを示す。


2.オゾンの高温酸化能力

オゾンの物性はオゾンの発見から現代まで良く研究されており[1]、熱力学データによれば極めて低濃度な平衡オゾン濃度まで分解する。すなわち、オゾンの酸素への熱分解平衡反応を熱力学的に書くと、

O3(g) = 3/2 O2(g) (1)

, (2)

ここでDG°, R, T, pO2eq. および pO3eq. はそれぞれ、オゾン分解のGibbsの標準自由エネルギー変化、ガス定数、絶対温度、平衡酸素分圧、および平衡オゾン分圧である。酸素とオゾンの分圧の和が1気圧である場合、熱力学データ[2]を用いて(2)式を解くと、298 KではpO3eq. はわずか3.7x10-24Paに過ぎず、我々の住む大気中のオゾン濃度よりもはるかに小さい(オゾン分解には緩和時間が必要であり、また太陽光の下で生成と消滅を繰り返しているために見かけ上、熱平衡値よりも高いオゾン濃度にある)。この平衡オゾン濃度以上のオゾンが導入されると瞬間的には非安定状態としてオゾンが存在する。オゾンの分圧をpO3 と書き、このような非平衡状態にあっても安定平衡への駆動力がないと仮定すれば、酸素の熱力学的活量(activity) aO2は1気圧= P° Paとして

, (3)

と書ける[3]。aO2は純酸素1気圧のとき1と定義する。例えば純粋オゾン1気圧の持つ酸素としての活量aO2はpO3 = P° Paを上式に代入して得ることができる。aO2はオゾンの持つ酸化能力を酸素ガス圧力に換算した尺度で、図1に示すように室温では1018気圧のオーダー、500℃でも108気圧のオーダーである[3]。もちろんオゾン分解の進行に伴ってその能力は低下するので図の実線以下の領域がオゾンの酸化能力である。図2にはすでに工業的に利用されているような5 vol%オゾンの例も示したが、依然高い酸化能力である。このようなオゾンの高酸素圧力は、工業的に等静水圧プレス(HIP)で得られる数千気圧の酸素ガスでも及びもつかないほど高く、化学的反応性としてオゾンの潜在的能力を示している。なお、このような熱力学的指標はオゾンと同様、高温不安定型のアンモニアガスの熱力学的窒化能力検討にも使われ、1900Kでは通常アンモニアは完全に分解するが、もし分解しなければaN2=91気圧に相当する窒化が可能である[4,5]。

図1 オゾンの等価酸素分圧

オゾンの熱分解速度は種々の理論と実験で明らかにされているように、半減期は200℃でわずか数秒、500℃では数マイクロ秒程度である[1]。潜在的に酸化能力があってもこの時間内に材料と反応しなければならない。オゾンガスの熱分解は触媒効果が大きいから技術的にこれを抑止すれば高温でも強力な酸化剤として利用できる。一方、材料の酸化には材料構成元素の拡散が必要であり、これは高温ほど促進される。それ故、オゾンによる酸化物合成にはある有効な温度範囲が実験的に存在し、熱力学的には可能であっても物質移動が追随しないために実現不可能ということもあり得る。融点の低い有機物では拡散速度が速いために、従来オゾン酸化が利用されているが、融点の高い無機物の酸化にオゾンを適用しても酸化は表面に限定されやすい。従って材料の表面処理としてオゾン酸化を用いる場合、何らかの機能性を持たせた複合材料を合成することが有効である。なお、オゾンガスを用いるプラントで、オゾンによって配管材料などが酸化しないようにするためにはいかなる材料を用いるべきか、について以前より精力的に検討されている。


3.銀の高温オゾン酸化

銀は大気中では唯一の安定酸化物としてAg2Oに酸化するが、オゾンガスではさらに高次の過酸化物を合成できる。銀は希薄なオゾンガスもしくはオゾン溶存水でも容易に黒くなることが1920年代にはすでに知られていた[6-8]。古い文献にはオゾンによって室温で銀はAgOもしくはAg2O3に酸化されるが単相のAg2O3は得られないとの記述がある[6,9,10]。

銀-酸素二元系の酸化物の安定性は各酸化物の熱力学的データから図2に示したような領域に分けられる。例えば酸化銀Ag2Oは純酸素1気圧中であっても462.8 K以上では金属銀に還元される。実験的には770気圧の純酸素中ではAg2Oは1323 Kまで安定に存在し融解することが知られている[11]。一方、AgOやAg2O3は陽極酸化によって合成されるが、ともに高圧酸素中での生成の報告はない。これら過酸化銀の熱不安定性のために高温でのデータ信頼性に乏しいが、既存データを吟味の上外挿すると図2のように極めて高い酸素圧力の下でのみ安定である[3]。

図2 オゾンの等価酸素分圧と酸化銀の安定領域

図1に示したオゾンの等価酸素分圧を酸化銀の安定性に重ね合わせるとオゾンガス中でどの様な酸化物が生成する可能性があるかを予言することができる。すなわち、5 vol%オゾンの下では423 KまでAgOが安定となり、これ以上高温ではオゾンを用いてもAgOを合成することはできず、Ag2Oが生成するのみである。またオゾンを用いてもAg2O3を生成することは熱力学的に不可能である。 図3は453 Kに銀板を加熱し、6.0 vol%のオゾンガスは途中で熱分解しないよう水冷銅ランスから吹き付けた実験例である[12]。銀板の全面が網の目のような組織であるAg2Oに覆われるが、ランスの直下の、オゾンガスでやや冷却される部分にはAgOが生成した。

図3 オゾン吹き付け後の銀試料表面

図4は加熱した白金板に薄い銀板を載せ、オゾンを吹き付けながらその場でX線を照射して表面生成物を調査したもので、オゾンガス中では373 Kで主としてAgOが生成し、温度上昇と共にAg2Oに変化する様子を示した。純酸素ガスでは実験時間内で銀は酸化せず、オゾンガスの強い酸化が示されている。573 K以上ではオゾンガス中でもAgが安定であり、オゾンガスの熱分解によりその酸化力を失ったものと思われる。

図4 オゾン吹き付けのその場でのX線回折測定結果

銀のオゾンによる酸化反応は比較的速やかに進むものの、直径10mm程度の粉末銀を使っても試料全体をAgO単相にすることは難しく、酸素分析の結果から推定すると試料全体の25%程度であった[3]。オゾンガスの濃度やオゾン供給量にも依存しないことから、生成した過酸化銀AgO中を通過する酸素の拡散速度とオゾンの熱安定性のかねあいで定まるものと思われる。なお、Ag2Oの融点より低い温度で試料の一部が融解する現象が見られ、従来知られていなかったAgOが関与する新しい液化現象として興味深い。また、熱力学的にオゾンでは生成不可能とされるAg2O3の生成は実験的にも未だ認められない(不可能を証明するのは困難であるが)。


4.オゾン酸化で合成した過酸化クロムによる表面処理

オゾンガスにより過酸化物を生じる系として酸化銀の他、酸化鉛、酸化クロムを見いだしたが、これらの過酸化物は不安定なので熱力学データに信頼性がなく、あらかじめ予想を立てることができない。ここではオゾンを用いて合成した過酸化クロムで鉄の表面をコーティングする提案を述べたい[13]。

大気中では安定で極めて融点の高い酸化クロムCr2O3をオゾンガス中で加熱すると、図5に示すように473Kまでに赤色の固体過酸化クロムCrO3に過酸化される。これは融点が470 Kであり、CrO3はさらに加熱すると高温X線回折の結果、Cr3O8やCr2O5などの過酸化状態を経て720 K以上ではCr2O3に戻る。

図5 酸化クロムを鉄基板に塗布し、ついでオゾン中で過酸化クロムとし更に高温で焼き付ける方法

あらかじめCr2O3を塗布しこのオゾン中での液化現象を利用すれば、オゾン中で液体CrO3に変え、さらに高温に加熱してCr2O3に戻すことによって、有害な6価クロムに触れることなくCr2O3皮膜を均一に鉄に焼き付けることができる。なお、CrO3が他の過酸化物に分解する温度はオゾン中では酸素中に比べ数十度高く、CrO3の分解にはオゾンを使わない方がよい。

この処理を施した鉄基板上のCr2O3皮膜の断面写真を図6に示した。過剰に塗布したCr2O3と鉄との界面にコランダム構造の(Fe,Cr)2O3が生成し基板との密着性を保ち、酸素の拡散の障壁となった。オゾンを使わない場合はスピネル構造のFe(Fe,Cr)2O4が界面に生成し、酸素拡散の障壁にはなりにくい。一般に耐熱鉄クロム合金の高温における耐熱性は緻密なCr2O3皮膜によるので、貴重なクロム資源を節約する手段として期待される。現在のところ、コランダム構造の界面層厚さが小さいため、ステンレス鋼ほどの長時間にわたる耐酸化性は得られていないが、今後耐腐食特性なども検討したい。

図6 オゾンガスを473Kで吹き付け後に大気中723Kで焼き付けた場合の皮膜断面と組成分析


5.タンタルの高温オゾン酸化

オゾンガス酸化は過酸化物合成以外にも酸素ガスより低温で酸化反応を促進する効果がある。金属タンタルはその表面に高誘電体である酸化タンタルを被覆すると電気特性の良いコンデンサーとなる。酸素ガス酸化では酸素及び金属イオンの固体内移動が必要で高温が望ましいが、誘電率の向上には非晶質酸化物が好ましく、低温酸化が重要である。オゾンガスによる低温酸化を試みたところ、673 K以上の高温でオゾン酸化は酸素ガス酸化より厚い皮膜を形成する。コンデンサーとして兼ね備えるべき特性は多いが、誘電体である酸化タンタル層に蓄電されずに漏れ出てしまう電流、すなわち漏れ電流の量をLC値として測定したところ、図7に示すように酸素ガス酸化に比べ、オゾンガス中で酸化した方が漏れ電流が少なく良い特性を示した[14]。市販品の処理である陽極酸化法には未だ到達していないが、新しい処理法として期待したい。

図7 酸化温度とLC値の関係


6.その他の応用例

半導体の分野ではテトラエチル・オルソシリケート(TEOS; Si(OC2H5)4)ガスとオゾンガスを反応させる手法が、従来のモノシランガスを用いる方法に比べ析出膜の平滑性やドーパントの組成制御に優れるため活況を呈している。新しい分野としては太陽電池やタッチパネル用の透明電極の製造に当たり、酸化錫(SnO2)や酸化インジュウムスズ(ITO; InSnOx)が用いられているが、わずかな酸素不定比性がこれら酸化物の電気抵抗を高くしてしまうためにオゾンガスを導入して良質な膜を作成しようとする試みがある[15,16]。わずかな量のオゾンであっても熱力学的に酸素の活性が高いために、化学反応エネルギーを変えることが可能であり、反応温度の低減や酸素組成の制御にオゾンは活躍している。

酸化物超伝導体薄膜の気相成長に当たり、オゾンが酸素組成制御に活躍したことを考えれば、燃料電池用酸化物や酸化物系熱電材料に高酸化数の(過酸化状態の)酸化物が期待されていることから、今後オゾンが材料合成や材料特性改質に果たす役割は大きいと期待される。


参考文献

[1] M. Horvath, L. Bilitzky and J. Huettner, Ozone, Elsevier Science Publishers, Amsterdam, The Netherlands, (1985).

[2] M. W. Chase, Jr., J. Phys. Chem. Ref. Data, Monograph 9, (1998), 1-1951.

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[5] K.Ono, E.Ichise, R.O.Suzuki and T.Hidani, Steel Research, 66 [9] (1995) 372-76.

[6] F. Jirsa and J. Jelinek, Z. anorg. u. allgem. Chem., 158 (1926) 61-66.

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[8] A. A. Noyes, K. S. Pitzer and C. L. Dunn, J. Am. Chem. Soc., 57 [7] (1935) 1229-37.

[9] F. Jirsa, Z. anorg. u. allgem. Chem., 148 (1925) 130-40.

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[11] E. H. Baker and M. I. Talukdar, Trans. Inst. Mining Metall., 77 (1968) C128-33.

[12] 鈴木亮輔、山中 幹、近藤亮介、小野勝敏、第8回日本オゾン協会年次研究講演会概要集 (1999) 10-13.

[13] 鈴木亮輔、太田勝也、小野勝敏、第10回日本オゾン協会年次研究講演会概要集(2000) 83-86.

[14] 鈴木亮輔、近藤亮介、太田勝也、小野勝敏、第9回日本オゾン協会年次研究講演会概要集(2000) 159-62.

[15] J.-I. Bae, S.-W. Lee, K.-H. Song,J.-I. Park, K.-J. Park, Y.-W. Ko and G.-Y. Yeom, Jpn. Appl. Phys., 38 (1999) 2917-20.

[16] W. Song, S.K. So, D. Wang, Y.Qiu and L. Cao, Appl. Surf. Sci., 177 (2001) 158-64.


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