1981年6月13日、ソビエト社会主義共和国連邦ロシア連邦共和国(当時:現独立国家共同体ロシア連邦)ウランウデ発同国Severomuysk行きアエロフロート航空のイリューシンIL-14(CCCP-41838)が、巡航中に同国ウスチバルグジン空港から約30kmの地点に墜落した。
この事故で乗員乗客計52名全員が死亡した。
巡航中に天候が急速に悪化したため、運航乗務員はウスチバルグジンに目的地を変更することにした。降下中に運航乗務員は、管制官に対し地上が視認できる旨の虚偽の報告を故意に行った。その後間もなく、事故機はバイカル湖の東岸(Svyatoi Nos半島) の山の標高約1300mの斜面に衝突した。