1975年9月1日、西ドイツ(当時:現ドイツ)・シュトゥットガルト発東ドイツ(当時:現ドイツ)・ライプチヒ行きInterflugのツポレフTu-134(DM-SCD)が、着陸進入中にライプチヒ空港近傍に墜落した。
この事故で乗員6名、乗客28名、計34名のうち乗員3名、乗客24名、計27名が死亡した。
事故機はPAR(精測進入レーダー)アプローチでライプチヒ空港に進入していた。管制官は最後の3200mの間、事故機の飛行をモニターを行わず、運航乗務員もディシジョン・ハイトの確認を行わなかった。事故機はグライド・パスを割り込み、最低飛行高度よりも下に降下した。そして滑走路の手前のラジオの電波塔に高度2〜3mで左主翼が衝突し、左エンジンが離脱、衝撃で機体は滑走路とは反対方向に向きを変えて墜落した。本件の刑事訴訟では、機長に懲役5年、副操縦士と航法士と管制官に懲役3年の判決が出た。
事故機は1969年に製造された。