1972年5月18日、ソビエト連邦(当時)・ロシア共和国・モスクワから同国ウクライナ共和国・ハリコフに向かっていたアエロフロート航空のアントノフAn-10A(SSSR-11215)が、ハリコフ空港に着陸進入中空中分解し、同空港から約25Kmの地点に墜落した。 この事故で乗員8名、乗客114名、計122名全員が死亡した。 主翼中央部下面に発生した金属疲労が飛行中に破断したために両翼とも胴体から脱落し、墜落に至った。事故機は製造後11年であった。