1965年2月8日午後6時26分、アメリカ・マサチューセッツ州ボストン発同国ニューヨーク州ニューヨーク経由同国バージニア州リッチモンド経由同国ジョージア州アトランタ行きイースタン航空663便DC-7B(N849D)が、ジョン・F・ケネディー空港を離陸後、空港の南東約25Kmの大西洋上に墜落した。
この事故で乗員5名、乗客79名、計84名全員が死亡した。
事故直前、東に向けて上昇中の事故機と北に向けて進入降下中のパンアメリカン航空ボーイング707の間にニアミスが発生することを危惧した管制官は、事故機に針路を南に変更するとともにパンナム機の1000ft以上の高さになるまでは上昇を続けるよう指示した。事故機は指示通り上昇を続け、パンナム機よりも高い高度を飛行していたが、目の錯覚からパンナム機と同じ高度を飛行しているように誤認し、衝突を回避するために降下に転じた。同じ頃パンナム機も衝突の危険を感じ、降下率を増していた。両機が高度3000ftまで高度を下げたとき、いよいよ目前に迫ったパンナム機に危険を感じた事故機のパイロットは急旋回によりパンナム機を回避しようとした。この時のバンク角は90度近いものとなり、これにより事故機はバランスを失して墜落した。人工水平儀を用いれば飛行姿勢を安定させることは可能であったはずであるが、パイロットが動転してそれが出来なかったと推測された。
事故当時、視程は11Km以上と良好であったが、夜間のため水平の基準となるものがなく、下方のパンナム機を同高度と誤認したものと見られる。事故機は浅瀬に墜落し爆発したため、残骸の捜索は困難を極め、全体の60%強を回収した段階で終了した。
◎関連文献(刊行年順) |
著者名 | 書 名 | 出版社 | 刊行年 | 頁 数 |
デビッド・ゲロー | 「航空事故」(増改訂版) | イカロス出版 | 1997年 | 60頁〜62頁 |
デイヴィッド・オーウェン | 「墜落事故」 | 原書房 | 2003年 | 152頁〜153頁 |