1956年6月24日午後5時22分(世界標準時)頃、ラゴス発ナイジェリア・カノ経由リビア・トリポリ経由イギリス・ロンドン行きBOAC(英国航空の前身)Canadair C-4 Argonaut(G-ALHE)が、ナイジェリア・カノを離陸直後にカノ近郊に墜落した。
この事故で乗員7名、乗客38名、計45名のうち乗員3名、乗客29名、計32名が死亡した。
事故機は世界標準時午後4時40分にカノに到着し、同午後5時21分にカノ空港を離陸し、滑走路端のスレッシュホールドを高度約100ft、速度約125ノットで通過した。僅かに上昇気流が感じられたため、エンジンの出力は抑えられた。程なく豪雨のエリアに突入したが、速度は125〜130ノット、上昇率300ft毎分で上昇しており、フラップは格納された。フラップ格納の直後、速度は123ノットに減少し、突然103ノットまで急減した。失速速度は97ノットであり、パイロットは速度を獲得するためにエンジン出力を最大にし、機首を僅かに下げた。しかし、速度は得られず機体は高い降下率の降下に陥った。目前の樹木を回避しようと機長は右旋回しようとした。事故機は高さ35ftの樹木に左主翼を衝突し、燃料パイプが破損した。左主翼の外側は機体から分離し、機体は木々に衝突して炎上した。
事故機が高度約250ftを上昇中に速度と高度を喪失した原因として、サンダーストームセルによってもたらされた予測不可能な急激な風向の逆転、豪雨、下降気流の存在の可能性が挙げられた。当時はマイクロバーストの概念もメカニズムが明らかになっていなかったが、本件はマイクロバーストによる事故と推測される。