長与川千石渕(せんごくぶち)の河童  西彼杵郡長与町吉無田郷
この近くに松蔵という大変釣り好きの少年が住んでいました。
 松蔵は、いつものように朝早くから千石渕へ出かけ、釣糸をたれていました。おかしなことに、ここ二、三日釣りあげた魚がなくなるのでした。今日はいつになくよく釣れるので夢中になっていると、背中に人の気配(けはい)がしました。振り返っても誰もいません。

 「おかしかにゃ−(おかしいなー)、確かに誰かおったごたっ気がしたとばってんや−(いたよな気がしたのになあ)」釣糸に目を移すと、川面にざんばら髪で、頭には皿のようなものを乗せたしわくちゃな顔が映っていました。「わっ、わいはだっか。」(おまえはだれか)松蔵は、思わず叫んでしまいました。と、その妙な「もん」(もの)は千石渕へ飛んで逃げていってしまいました。
ところが不思議なことに、飛び込んだはずなのに音もなく、波も立たず、川面は静まりかえっていました。松蔵は気味が悪くなり、大急ぎで家に帰りました。

千石渕 1998/5/23 撮影
長与川の千石渕

 次の日、松蔵は恐る恐る忘れた釣竿を取りに行きました。千石渕はいつものように静かでした。

 「昨日は夢ば見たとやろ。あげん(あんな)おかしなもんのおるわけなか (いるはずがない)」そう言って松蔵はまた釣り始めました。しばらくすると後の方で物音がしました。″はっ″として振り返ると、そこには背中に甲羅のようなものを背負ったしわくちゃ顔の何とも奇妙が「もん」(もの)が立っていました。

 「何なわりや。(なんだおまえは)人ん(の)せっかく釣ったとばおっとたた(ぬすんだのは)わんな。(おまえか)。そぎゃんほしかつなら (そんなにほしいのなら)、おい(じぶん)と相撲ばすうで(をしよう)。わい(おまえ)が勝ったら、こん(この)魚ば全部やったい(やろう)。」

長与川の河童像 1998/7/20 撮影
長与川改修竣工記念 H5/3
(嬉里郷 あやめ幼稚園横)

 見るからに弱々しかったので、松蔵は、自信満々、相撲をとることにしました。ところが見かけとは大違い。何回とっても松蔵の負けでした。魚を全部取られた松蔵 は、家に帰って父親に千石渕でのことを話しました。

「そりや、助右衛門の化けたカッパたい。」
 父親は、千石渕のカッパについて話し始めました。
助右衛門という男は、大そう相撲の強い男だったそうで、吉無田・三根・丸田一帯を治めていた長与権之助というお殿様に仕えていました。

 ある日のこと、殿様は助右衛門を呼んで言いました。
 「我が中尾城には水がない。敵の兵糧攻めにも耐えられるよう、井戸を掘れ。それも急いでじゃ、よいな。」

 命じられた助右衛門は、村中の男達を集めて井戸を掘らせました。しかしお城は山の頂上に築かれていたため、いくら掘っても水は出てきませんでした。
 「よいか、夜も寝ずに掘り続けるのじゃ。」
 助右衛門は、村人に命じました。男達は傷つき、倒れ、命を失くす者が絶えませんでした。

中尾城公園 1998/6 撮影
長与町中尾城公園

 堀り始めて三カ月も経ったころ、「助右衛門さま、水が出ましたばい。」村人の一人が助右衛門のところへ知らせに飛んできました。
 「おおそうか、とうとう出よったか。」
助右衛門は、喜び勇んで井戸をのぞいてみました。なんと井戸の底は、山のふもとにある千石渕まで達していました。

 「お殿様、井戸が完成しました。」助右衛門が申し上げると、
「ご苦労じゃった。村人たちにも分けてやれ。」
そう言って、たくさんのほうぴを下さいました。ほうびを前にした助右衛門は、
 「ひや−、たいしたもんばい(ものだ)。こいば(これを)村人に分けてやれば、おいのもんが少のうなったい(じぶんのほうびがすくなくなってしまう)。だまっとこ。」
助右衛門は、ほうびをひとりじめにしてしまいました。

 それから数日経って、助右衛門のところにお城へ参上するよう知らせが届きました。
 「また、ほうびばくれらっとやろかい (くださるのだろうか)。」そう思いお城へ急ぎました。お城についた助右衛門は、「ああ−、のどん(が)乾いたばい。水どん(でも)飲んでいこうかい。」
井戸をのぞき込んだとたん、勢いあまって井戸の中へ落ちてしまいました。

「助右衛門さんは死なさったげなた(そうな)。ほうびはひとりじめしたちゅうて(したので)、バチんあたったったい(があったのだ)。」
たちまち村中にそんな話が広まりましたが、村の人達は大変気持ちのやさしい人でしたので、千石渕に水神様を建立し、祀ったのだそうです。

千石渕の水神様 1998/5/23 撮影
千石渕の水神様

 亡くなった助右衛門は、村人の心をうたれ、カッパになって水を守ったそうです。おかげで、どんなに干ばつが続いても千石渕の水だけは、枯れたことがないと言われています。

最後に、相撲でカッパに勝つ方法がひとつだけあるので教えてあげましょう。それは、カッパの頭の皿が乾いている時に相撲をとることです。

<『長与の昔話』 長与の昔話ばつくる会編 より>


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