長者と河太郎(がたろう)   松浦市星鹿(ほしか)町青島
 むかしむかし、青島は、崎(さき)の島・中の島・南島の三つの島に分かれていました。潮が干いた時はわたれるとなりの島も、潮が満ちて来ると、船をこいで行かなければわたれませんでした。
 そのころ、島を治めていたのは、中の島の「(こおり)の長者」でした。島の人々の不自由している様子を見て、何とかして三つの島を地続きにしなけれはと決心されたのでした。
 そして、三つの島の人々を集めて、みんなに相談されました。

「どうじやろか。むつかしか仕事ばってん、みんなで力ば合わせてやれば、きっと島は一つにつながる。いっしょにがんはっておくれ。」
 長者の熱心な頼みと島が一つになる夢に、人々は立ち上がりました。

98/10 撮影
星鹿の城山展望台付近の棚田

 「よし、やろう。」
「毎日、一けんの家から一人は、この工事に出ることにしゅうで。」
 島の人々の心が決まると、長者は工事の計画をたて、仕事の段取りをつけました。工事はいっしょに始めることにし、
「南の島と中の島の間の海は、後浜(うしろはま)から石や砂を運んで来て、うめたてたがよかろう。」
「崎の島と中の島の間の海は、両方のおかの高か所ばけずり下ろして、うめたつる。」
 いよいよ仕事始めの日、長者はまっ先に浜に出て、集まって来る島人たちを待ちました。
「海ば相手の工事せんか、よういじゃなかこたわかっとる。何年かかるかわからんが、青島んもんの力ば見せてやる時ばい。できあがるまで、何が何でもやりぬくかくごで、わしもがんばるばい。」

 島の人々は、長者のことばに従い、それぞれの持ち場へ散り、いっせいに働き出しました。土をほる者、その土をすくって入れる者、石を持って運ぶ者、流れ出すあせをぬぐいながら、みんな元気に働きました。
 それから毎日毎日、朝日が上がると集まって来ては、夕日が宝の浜(ほうのはま)をそめておきの海へ消えて行くまで、働き続けたのです。
 しかし、いい天気の日ばかりではなく、時化(しけ)のあら波が白いきばをむいて、これでもか、これでもかと打ちつける日は、せっかく積んだ石がきや運んだ土が、むざんにもくずされるのです。
「負けてなるもんか。まっと太か石ば積め、しっかり固めろ。」
 何度か、こんな目に合いました。玄海をわたって来たつきさすような北風が、雪を散らつかせる寒い日も、人々は、土をほり石を運んで海をうめました。

 一年たち、二年たち、三年、四年と長者を中心に働き続けたかいがあって、島と島の間は、ずいぶんせまく浅くなっていきました。
「もう少しばい。」
「あと半年もすりや、みんなつながるたい。」
 長者はそうつぶやきました。ところが、そのころになって、変なことばかり起きました。
夢みる河童・濱脇晴美「長者様、たいへんじゃ。きのう、ちゃんと小屋になおしとった道具が、めちゃくらゃになっとる。」
 あわてて行ってみると、大事な道具があっちこっちに散らばり、海の中へ投げすててありました。みんなは首をかしげました。
「だれがしたっちゃろか。」
 それから二、三日たった朝のことです。見回りの若い者が、すっとんで来ました。
「長者様、おおごとばい。きのうせっかくついた所が、めちゃめちゃになっとる。早う来て見てくれんな。」
 ゆうべは時化もせず、月のよい晩(ばん)だったというのに、石がきの石がごろごろあっちこっち散らばって、きのうついた所はあなだらけでした。おまけに、大事な道具が見当たりません。道具がなけれは仕事はできません。
「だれが、こぎゃんことばするとじゃろか。」

 長者もさすがに頭をかかえ、すわりこんでしまいました。
海神様のたたりかもしれん。」
「海を陸にするとば、好かっさんとよ。」
「海神様のばちが当たらんうら、止めた方がよかばい。」
 こんなうわさが立ち始めました。そして、工事場には、だれも近付かないようになってしまったのです。どうしたらよかろうかと、長者は何日も考えました。せっかくここまてやったのだから、何としてもやりとげたかったのです。
 この上は、海神様へおすがりするほかはなかろう。そう決心し、崎の島の妙見様(みょうけんさま)へ七日こもり、次は南島の南市御前様(みなみいちごぜんさま)へ七日願(がん)をかけ、中の島の七郎神社にも七日こもって、工事が完成するよう一心に頼みました。二十一日間、飲まず食わずのおこもりだったので、長者はすっかりやせおとろえて、目もくぼんでしまいました。その夜、長者の目の前に、三人の神様が立たれました。

「長者よ、工事のじゃまをしているのは、河太郎一家じゃ。河太郎は人のまねばかりしたがるくせがある。悪気(わるぎ)はないんじゃが、かしらがおる。かしらはえらいやつだから、合って話し会ってみるがよかろう。」
「ほかの河太郎は、かしらの言いつけどおりにするだけじゃ。」
 そう言い終わると、三人のすがたは、すうっと消えてしまいました。

夢みる河童・濱脇晴美
夢みる河童・濱脇晴美

 そのころ、ここらの海には、河太郎一族が住んでいました。人間の足をとっては海へ引きずりこみ、しりごをぬくこわい生き物だと言われていました。
 そんな気味の悪い河太郎と話し合うのは、なかなか勇気のいることでした。
 しかし、どうしても河太郎に会わなければなりません。長者は若い男たちを連れて夜の工事場へ行き、深い落としあなをほらせました。その上に、河太郎の大好きなだんごを山もりのせると、岩かげにかくれて、河太郎の出て来るのを今か今かと待っていました。
 月が海の真上に来たころ、ちゃぽんと水音がして、黒い頭が海面にあらわれました。

 「河太郎じゃ。」
 じっと見ていると、河太郎は、きょろきょろ辺りを見回し、だれもいないのをたしかめぴょんと陸に上って来ました。そして、おいしそうなにおいでもするのか、鼻をひくひくさせて、だんごの方へ近付いて行きました。
河太郎のかしらじゃ。様子ば見に来たとじゃろ。」
 長者がそうつぶやいた時、
夢みる河童・濱脇晴美「どさっ。」
という音がしました。
「やった。」
 みんながとび出しました。
「やったぞ、やったぞ。」
 落としあなの中で、砂まみれの年とった河太郎があばれていました。
しかし、神通力(じんつうりき)の頭の水もこぼれてしまったらしく、何だか元気がありません。
そこで、長者はかしらを家まで連れて帰り、ふつうの客と同じように、ざしきに通しました。それから、かしらの前に手をつき、「あなたと話し合いばしたかばっかりに、こんなことばしてすみまっせん。今までかたき同士のように思うとった、河太郎と人間の間がらですが、今からは、仲良く協力していきたかとです。」
と、ていねいにあやまりました。そして、たくさんのごちそうを出して、お客としてのもてなしをしながら、今やっている工事の話をして聞かせ、
「どうか、青島のために、河太郎一族の力ばかして下さらんか。」
と心をこめて頼みました。

 だまって聞いていた河太郎は、しばらく考えているようでしたが、さすが一族のかしら、長者のまじめな人がらや、仕事に命をかけている気持ちが通じたらしく、大きく胸をたたいてうなずきました。
「ありがたか。ありがたか。」
 長者は、河太郎の手を取って喜びました。河太郎のかしらは、
「わたしの一族は約五百ぴき、この辺りに住んでおりますが、わたしの言うことは何でも聞きます。何をどうすればよいか、わたしに教えて下されば、必ずやりとげましょう。」 と、約束しました。長者は、
「弁当のだんごと、工事場のあかりは用意しておきます。仕事は、わたしたちが昼にしますから、はこの所を……。」 などと、細かい打ら合わせを朝方まで熱心にすると、河太郎は海へ帰って行きました。

 翌日、工事が再開されました。
「今夜から、河太郎がかせいに来るとってばい。」
「ほんとじゃろか。河太郎にだまさるっとかもしれんばい。」
 人々は気味悪がりました。
 おきの方へ真っ赤な大きいタ日がしずみ、夕焼けがだんだんむらさき色に変わるころ、長者は、だんご五百個の弁当を作らせ、工事場の周りにたいまつを何本も赤々とたいて、河太郎を待っていました。

 しばらくすると、昨日の河太郎がどこからともなくあらわれました。
 長者に一礼して、暗くなったおきへ向かい、するどい声で、
夢みる河童・濱脇晴美「ヒユツ。」
と、さけびました。
 と、暗い波間に、黒く丸いものがぽかぽかとあらわれました。そして、波(は)もんを広げながら、こちらの方へざわざわ、ざわざわよって来ます。次から次へ、ざわざわ、ざわざわ、ぴたぴた、ぴたぴた。
 河太郎の一族たちは、やがて、かしらの前にぴたりとすわり、頭をそろえてかしこまっています。みんながそろうと、かしらは一族のものに、工事の仕方や手分けをさしずしているもようで、身ぶり手ぶりをまじえ、しばらく話していました。それから、みんなでにぎやかに、弁当のだんごを食べ始めました。
 ギャア、ギャアと、にぎやかな声がしばらくしていましたが、
「ヒュッ。」
 かしらの合図で工事が始まりました。
長者との打ち合わせがしてあったので、仕事は予定通りに進んでいきました。石を運ぶもの、土をほるもの、その間を、かしらがさしずして回ります。何やらか け声を出し合って、楽しそうに働いています。
 河太郎は力持ちの上、動作もすばしこかったので、工事はみるみるはかどっていきました。
 東の空が白むころ、かしらの合図で道具をかた付け、河太郎たちは海へもどって行きました。
 島の人たらは、朝出てきて、びっくりしました。
「河太郎は、たいしたもんばい。」
「おれたちもがんばらんば。」
 それからは毎日、昼は島の人たち、夜は河太郎一族が働きました。こんなふうなので、今までおくれていた工事もどんどん進み、島と島との間は、しっかりとつながっていきました。

 工事を始めて五年目の七月三十日、工事は完りょうしました。もうどんな波が来ても、大潮になっても、三つの島が、はなればなれになることはありませんでした。
夢みる河童・濱脇晴美「ばんざあい。ばんざあい。」
 一つの島につながったお祝いの日、河太郎と島の人々は、手を取り合って、いっしょに完成を祝いました。
「ありがとうごさいました。」
 長者はかしらの手を取って、うれし泣きに泣きました。河太郎も人間も区別はありませんでした。月の夜の浜で酒を飲み、おどりの輪ができ、かたを組んで歌を歌い、島中がわきにわきました。

 その日から四、五日たった夜、長者は河太郎の使いによばれました。
 「かしらがたおれた。あなたをよんでくれと言っているので、今すぐ来てほしい。」
と、言うのです。長者があわててかけつけると、浜のすみの方に、かしらが横たわっていました。心配そうに集まって来た河太郎たちを、かき分けるようにして、長者はそばにより、かしらの手をとって、
 「しっかりしておくれ。」
と、はげましました。かしらは、虫の息の下から最後の力をふりしぼって、
 「わたしは、あなたに初めて、人間と同じあつかいをしてもらいました。それで、河太郎も人間と仲よくして、幸せにくらせることを知りました。今からもこのことを忘れぬよう、一族のものたちにもよく言い聞かせておきます。
 わたしはもうだめです。死んだ後は、七郎神社のよく見える、いつも水のたまった所にうめてください。お墓として、その上に大きい石を立ててくださ い。その墓石が土にならないうちは、河太郎一族は、決して人に悪さはしないはずです。」
 そう言うと、かしらは静かに息を引きとりました。
 長者は、年老いたかしらのおかげで、工事がりっぱに完成した恩を忘れないようにしたいと、ゆい言(ごん)どおりに墓石を立てて、ていねいにとむらってやりました。

その石は、今も松尾さんの田のあぜの所に残っており、毎年七月三十日には、おだんごやお酒をそなえて、お礼をすることになっているそうです。

<松浦の民話 松浦市教育委員会 平成4年3月発行より>
「かっぱ三題」のなかの一話


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