生命の輝き(いのちのかがやき)
目覚めると、見知らぬ部屋の中。 大きな窓から明るくて優しい光が飛び込んできている。 隣に、人が眠っていた。 翔、くん? あれ・・?私、どうしたんだっけ・・・?
「う・・ん・・・麻衣・・・?」 ゆっくりと翔くんが目を開けた。まだ眠そうに、2、3度まばたきをして。 頬が自然に熱くなっていく。どうして、翔くんが私の隣にいるんだろう? 「翔く
ん・・・私・・・」 「ん・・・・・おはよ」 まだスッキリ目が覚めないようで、翔くんは目をこすったり、欠伸をしたりしている。私もいまいち頭がスッキリしていない。えーと・・・・・? 「・・・麻
衣、大丈夫か、もう」 翔くんにそう言われて、私はようやく思い出した。昨日のことを。 昨日は目が回る程忙しくて、お産が4件も入り、解放されたのは夜中の12時を過ぎてからだっ
た。加えて、2日前に生まれた超未熟児のベビーが、手当ての甲斐なく亡くなったという知らせが夕刻に入ってきて、少なからぬショックを受けていた。 (うちの病院では看てあげられないので、
大学病院の方へ送っていた) 4月になったとはいえ、夜中の空気は肌寒く、満開の桜の白い花びらが冷え冷えとしていて、私の心を凍えさせた。 とても家に帰る気がしなくて、翔くんの
家に泊めてもらったんだ。そして・・・・・暗い部屋に1人でいると、たった2日しか生きられなかったベビーのことが頭に浮かんできて、泣きじゃくってしまった私を見かねて、翔くんが慰めてくれて
たんだ・・・・・。 「泣き疲れて眠ってしまったみたいだったけど、もう平気か?」 翔くんは優しく私の髪を撫でてくれている。眼差しもとても優しくて、私はなんだか恥ずかしくなる。
「うん・・・ごめんなさい、迷惑かけて」 「麻衣は、初めて、だったんだよな?とり上げたベビーが早くに亡くなったのって」 「うん・・・」 私も頭では解ってる。超未熟児がちゃんと生き
られる確率は未だに低いこと。医学では、人間の力ではどうしようもないラインが厳然と存在すること。 けれど、感情がついていかない。また、涙が浮かんできそうになる。 「人の命って、
生きるも死ぬも、人間の思い通りにはいかないよな。俺も、時々思うんだ、医者なんて何の力もないって。病気を治すことは出来ても、死を無くすことなんて出来ないし、ましてや勝手に命を創るこ
とも出来ない。神様ってのはホントにいるんだって、そう思う」 「神様がいる・・・?」 翔くんが一体何を言おうとしているのかが測れず、私は首を傾げる。 「ああ。人間には測り知れ
ない領域ってものが、命にはあるだろ?生命のことを支配しているのはきっと神様なんだ。亡くなったベビーも、神様が取られたんじゃないか?・・なんてな」 ちょっとテレくさそうに翔くんは
微笑んだ。一生懸命、私を励まそうとしてくれてるんだね。キュン、と胸が熱くなる。 「けど、どうしようもないと言えども、完全に割り切って冷めてしまうより、麻衣みたいに涙を流す暖かさが
あるのはいいと思う。勿論、時と場合に因るけどな。・・・ま、それは麻衣の方がよく解ってると思うけど」 うん、解るよ。私たちには大事な役目がある。 こくん、と頷いた私の頬に、翔く
んの大きくて暖かい手が触れる。自然に頬が熱くなってく。すぐ目の前の、翔くんの瞳までが暖かくて、私の心も暖まっていく。 「母さんに言って、コーヒーでもいれてもらうよ」 翔くんは
私の額にキスをして、部屋を出ていった。 翔くんは凄い。 いつも私に力をくれる。落ち込んだ時も、失敗をしてしまった時も、励まして、時には叱ってくれる。そして、抱きしめてくれる。
包んでくれる。 何よりも、私の心を。そして、元気をくれる。 昨夜の涙が嘘のように、私の心は元気を取り戻していた。 2つのコーヒーカップと極上の笑みを持って部屋に戻ってき
た翔くんに、私は素直な微笑みを返した。 「ありがとう、翔くん」
叔母様の配慮で半休を貰った私は(叔母様は大先輩助産婦であり、病院の看護部長でもある)翔くんの提案で散歩に出かけた。 やわらかな日差しと、色々な花たちと、元気に遊ぶ子供たちの
声を楽しみながら、河原に向かって歩いた。殆どの道が舗装されているけれど、時折、道路と家との境の僅かな隙間からタンポポやイヌフグリが顔を出していて、その生命の強さに感心させられる。
「春って、生命が溢れてるね」 私が言うと 「うん、そうだな」 翔くんも同意してくれる。さりげなく手を包んでくれている温もりがちょっぴり恥ずかしいけど、心地よい。
住宅地を抜けて、あまり長くない畦道を過ぎると堤防に出た。 川の流れに光が踊っていて、とても眩しい。鮮やかな緑が、堤防沿いに溢れている。その中に所々黄色いタンポポが灯っていて、
優しさを醸し出していた。 「・・・綺麗だな」 翔くんがやさしく言った。ほんとにそうだ、と私は思った。 ただ美しいからじゃない。生命が輝いているんだ。だから、こんなにも綺麗なん
だと。 「麻衣」 翔くんが私の顔を覗き込んで少し驚いている。 あ・・・私、いつの間にか泣いている。涙が頬を滑っていくのに気づいて、慌てて拭った。 「あ、あれ?私ったらどうし
たんだろ。・・・ヘンだよね」 悲しい訳じゃない。きっと、感動しちゃったからなんだ。 生命の輝きに。やさしくて眩しい、この風景に。 「麻衣、俺たちは命を思い通りにすることは出来
ないけど、命の限り、その命が輝けるように努力することは出来ると思う。きっと、たくさん失敗もするだろうし、辛い思いもたくさん経験するだろう。でも、精一杯頑張れたらな、って思うんだ」
ほんの少しテレたように、でも真剣な瞳で翔くんが言った。 「うん、そうだね。・・・私も、頑張らなくちゃ」 いつまでも悲しんでいたって、逝ってしまった命は戻ってはこない。だからこそ、
今、生きている命を大切にしたい。そして、これから生まれてくる命も。それが、私の仕事だもの。 「ありがとう、翔くん。私、まだまだだけど、精一杯努力する。今回みたいなことがあったら、ま
た泣いちゃうかもしれないけど、私なりに頑張ってみるね」 「ああ。俺も、頑張らなきゃな。とりあえず、後1年で卒業しないと」 私たちは顔を見合わせて微笑んだ。 新米助産婦の私だ
けど、ほんのちょっぴり、成長した、かな? そんなことを思いつつ、私たちは再び歩き始めた。
fin.
これも、季節感無視、だなー。書いたのが春だったので、こういう話になっています。 確か、まだ子供が小さかった時で、友達も妊娠・出産とかが続いてた時期だったように思います。
だから、生命について、この当時私が考えていたことが書いてあるんですね。 現在は、クローン人間とかまで登場して、人間が命を造りだしているように見えますが・・・ゼロから創ることはやっぱり不
可能、そこは神様の領域、っていうのは現在でも私の考えです。 この、生命というのは、麻衣と翔の物語の共通のテーマなので・・・これからも書き続けていけたらなぁとは、思っています。 よろし
ければ、感想など、聞かせてくださると嬉しいです。
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