春の訪れ.2









 雑貨店にやってきた2人は、まず、キッチン小物を見て回る。
「俊也くんは自炊するんでしょ?」
「うん、そのつもりだよ。家事はひととおり出来るから、特に問題はないと思うし」
 小学生の時に母を亡くした俊也は、父や姉と分担して家事をこなしてきた。一人暮らしを躊躇しなかったのはその点も関係している。
 凝った和食やお菓子などは無理だが、料理もそれなりに出来る。
 なので、フライパンや片手鍋などを見て回り、使いやすそうな片手鍋を2つ、買った。
「フライパンはもう少し大きいのが欲しいから、別のところで買うよ」
「大きい方が使いやすいの?」
「炒め物とか炒飯を作る時はね。野菜炒めなんかは、調理前は結構嵩張るし」
「あ〜、そう、だった、かな」
 志穂は微妙に目を泳がせた。
「志穂ちゃんは、料理はしないの? というか、知香おばさんがいるから、する必要はないかな」
「・・・う、でも、やっぱり、覚えた方がいいよね・・・お母さんに、習おう、かな」
「ああ、いいんじゃないかな? 知香おばさんは料理上手だから、志穂ちゃんもきっとすぐに上手くなると思うよ。僕も、母が亡くなってから、時々おばさんに教えてもらったし」
「ええ? そうだったの?」
「そうだよ。僕も姉さんも、知香おばさんには随分助けてもらってる。だから、おばさんには本当に感謝してるんだ」
 俊也はニコニコしながらそう語る。
 ずっと俊也のことを見てきたつもりの志穂だが、実際は3歳も年下であるが故に、見えていなかったことも多いのだと実感した。
「私・・・俊也くんのこと、全然解ってないね・・・」
「志穂ちゃん?」
 沈んだトーンになった志穂の声に、俊也は怪訝な表情を向けた。
「うちのお母さんが俊也くんや由紀姉ちゃんにお料理教えてたとか、全然知らなかったもの・・・」
「いや、それは仕方ないよ。志穂ちゃんはまだ幼稚園児だったんだし、はっきり覚えてる方が恐いと思う」
「そう、かなぁ・・・」
 志穂はそれでもまだ、不満げ、というよりは落ち込んでいるように見えて、俊也は苦笑した。
「志穂ちゃん、昔のことを覚えていないからって、そんなにしょんぼりしなくていいよ。知らないなら、これから知っていけばいいだけのことだ。違う?」
「俊也くん・・・」
「僕も、高校に上がってからはあまり君とゆっくり話も出来てないし・・・むしろ、知らないことはたくさんあるだろうと思うよ? お互い様、だろ?」
「・・・うん、そうだよね。小さい頃と今じゃ、お互いに違ってきてるところもいっぱいあるよね」
「うん、そういうこと。・・・まあ、これからは、簡単には会えなくなってしまうけど」
 少しだけ寂しそうな声になった俊也に、志穂は急いで鞄の中を探る。
「あ、あのね、俊也くん。私、昨日お母さんに話して、買ってもらったんだよ、これ」
 志穂の掌に載せられている携帯電話を見て、俊也は軽く瞠目した。
「携帯? って、昨日?」
「うん。高校入ったらっていう約束だったの。でも、俊也くんが行っちゃう前にって思って・・・おねだりしちゃった」
「・・・おばさん、何か言ってた?」
「ん・・っと、その・・・簡単に、深い関係になっちゃダメって。考えて、おつき合いしなさいって、言われた」
「それだけ? 相手が僕だってことには?」
「何にも? ちょっと、吃驚はしてたみたいだけど」
「そう、か・・・」
 3歳も年下の志穂をそういう対象として見ていることに嫌悪感を持たれてはいないか、密かに心配していたのだが、知香の中にその感情はないらしいと知り、安堵した。
「俊也くん?」
「・・・ああ、うん、ちょっと安心したよ。やっぱり、恩あるおばさんやおじさんに反対されると辛いな、と思ってたからね・・・」
「あー・・・うん・・・お父さんとお兄ちゃんの反応は、ちょっと恐い、かも」
 志穂も苦笑する。
 中3の文化祭の前に、香穂がクラスメートの男子2人と女子1人を、準備のために家に連れてきたことがあって、その時に、智史と安志は根掘り葉掘り、その男子たちのことを香穂に問いただしていた。
 香穂がただのクラスメートだと何度主張しても、しつこく疑うような言動をして、しまいに彼女がキレていたのを思い出す。
相手がいくら俊也であっても、『彼氏』と名がつけば、どんな追及が待っているか、想像したくもない。
「・・・確かに。智史に打ち明けるのは結構勇気がいるなあ・・・」
 口では「うるさい、うっとおしい」などと妹たちのことを言う智史も、実は彼女たちをとても大切にしていることは俊也もよく知っている。
 一発くらいは殴られることも覚悟しておく必要があるかもしれないという気がした。
「・・・えっとね、俊也くん。今はまだ・・・お父さんとお兄ちゃんには内緒、でもいいかな? 今度、俊也くんに会える時くらいまで」
「そう、だね・・・それがいいかな。僕もその時くらいまでに覚悟決めとくよ。おじさんはともかく、智史には殴られそうな気がするから」
 苦笑する俊也に、志穂は目を丸くする。
「ええ!? お兄ちゃん、そんなことするかな」
「あいつ、あれでかなり志穂ちゃんたちのこと大事にしてると思うよ? 志穂ちゃん、夜に1人で外へ出ることなんてないだろ? 近くのコンビニに行くとかでも、智史がついてくんじゃない?」
「あー、それは・・・確かに」
 付き添いなんていいと断っても、家にいれば智史は必ずついてくる。「丁度俺も行こうと思ってた」とか「買い忘れてんの思い出した」とか言って。
「君とのこと、きちんと認めてもらえるように頑張らないとな。・・・とりあえず、その携帯、借りてもいいかい? 僕の番号とか、送るよ」
「あ、うん、お願い」
 俊也は自分の携帯を取り出し、志穂のものと赤外線通信でデータを送信し、その逆も行った。
「これで、志穂ちゃんの番号も登録出来たし・・・仙台に行っても、メールするよ」
「うん、私も。・・・たまになら、電話してもいい?」
「いいよ。週末には僕もかけるようにするから」
「ありがとう、俊也くん」
 簡単には会えなくなっても、繋がる手段が出来たことが志穂には嬉しいことだった。
「さて、志穂ちゃん、昨日貰ったハンカチのお礼に・・・何か、欲しいものはある?」
「あ、えっと・・・あのね、もしも、俊也くんが嫌じゃなかったら、ペアのマグカップが、欲しいかも。俊也くんのは、仙台に持っていってほしいんだけど・・・ダメかな」
「・・・ペアカップか・・・それもいいかな」
 俊也が同意してくれたので、志穂は笑顔になった。
 2人は食器売り場に移動して、カップを探す。
 そこで、形はシンプルながら、小さなハートがついているパステルブルーとパステルピンクのカップを選んで買い求める。
「じゃあ、こっちのピンクは志穂ちゃんに」
 差し出された袋を受け取りながら、志穂は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう、俊也くん。これでお茶飲みながら、俊也くんのこと、想うから」
「・・・ありがとう、志穂ちゃん。僕も、これでお茶する時は君のことを想うよ」
 あと数日で離れてしまうことになるけれど。一昨日までとは明らかに、互いの距離が違う。
 それがなんだかくすぐったくて、嬉しい。
 志穂はもう一度、俊也にニッコリと笑いかけた。
「俊也くん・・・ホントにありがとう」
「志穂ちゃん・・・」
 まだまだ無邪気な年下の恋人の笑みに、俊也はクスッと笑ってその手を握る。
「ランチしながら、たくさん話そうか。僕らはまだ、始まったばかりなんだから」
「うん」
 2人はしっかりと手を繋いで歩き出す。



 街の桜が開花したこの日。
 俊也と志穂の初デートは、穏やかに過ぎていった。






END











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