君と奏でるHarmony
今まで、こんな風に心を動かされる音に出会ったことがあっただろうか。
技術は確かにまだまだ研鑽の余地がある、なのに、惹きつけられる音色。
俺の心を、捕らえて離さない。
いつまでも、聞いていたいと、そう思わせる程に。
「・・・森くん。・・・月森くん?」
呼びかけられてハッとした。
すぐ目の前に、怪訝な表情をした君がいて。
らしくもなく、鼓動が跳ね上がるのを感じる。
「あ、ああ・・・終わったんだな」
「・・・まさか、寝てた、んじゃないよね?」
「そんなことは・・・」
動揺している自分を知られたくなくて、視線を外す。
「・・・寝そうになるくらい、退屈だったってことかな、私の演奏」
溜息とともに呟かれた言葉に、俺は瞠目して視線を戻した。
今度は君の視線が微妙に外れている。
「いや、そうじゃない」
「え?」
「退屈だったわけではない。むしろ・・・その・・・」
どう言えば上手く君に伝わるだろうか。
だが、そのままを口にするのは少し躊躇われて、俺は懸命に言葉を捜す。
その間に、どうやら俺の表情が険しくなっていたようで、君はだんだんしおれていく。
「・・・いいよ、月森くん。私、自分の演奏がまだまだだってことは判ってるから。もっともっと練習しないと、だね」
自嘲気味に吐き出された言葉に、俺は驚愕した。
「違うんだ、日野」
咄嗟に君の腕を掴んでいた。
「月森、くん?」
「・・・確かに、技術的なものは、まだまだ磨く必要はあると思う。しかし、君の音は、とても優しい響きだ」
春の学内コンクールに、初心者でありながら出場することになった君。
ファータ・リリの魔法のヴァイオリンを使っていたとはいえ、それは技術の不足を補填していたに過ぎない。
奏でられる音色は、間違いなく君だけのもの。
伸びやかに、空高く上っていくような、やさしさと温かさに満ちた音色。だからこそ、惹かれてしまうのだと思う。
「月森くん・・」
目を丸くしている君に、俺は僅かに苦笑した。
「俺がこんなことを言うのはおかしいだろうか。・・・だが、俺は事実を言ったまでだ。春に比べれば、君は上手くなっていると思う」
「月森くん・・・」
君はますます目を見開いて、俺を凝視してくる。
「月森くんがそんなこと言ってくれるなんて・・・やだな、自惚れちゃいそう」
「日野・・・」
「・・・でも、ありがとう。私、もっともっと練習して上手くなれるように頑張るね。月森くんみたいに、綺麗に弾けるように」
嬉しそうな笑顔が、俺の心に波紋を広げる。
ああ、そうか。
俺は、君が・・・。
唐突に理解した感情に、妙に得心した。
君の音色だけでなく、君という女性(ひと)が好きだから、余計に心惹かれ、いつまでても聞いていたくなるのだと。
「えっと、その・・・月森くん? 手を離してもらえないかな」
「あ、ああ・・・すまない」
遠慮がちな言葉に、慌てて手を離した。
君の温もりが遠くなって少し寂しく感じる。
しかし。
「・・・ねえ、月森くん」
「・・・何か?」
大きく、明るい輝きを宿した瞳で、君は俺の目を真っすぐに見つめ、微笑んでいて。
「もしも良かったら・・・一緒に弾かない? 以前に一緒に弾いてくれた時、凄く嬉しかったから」
その提案は俺にとっての何よりの申し出。
「そうだな。それもいいかもしれない」
躊躇うことなく承諾すると、君は一瞬目を丸くして。しかし、花がこぼれるかのようにやさしく微笑んで頷いた。
「うん、ありがとう、月森くん」
それから俺たちは春にも弾いたことのある『G線上のアリア』を一緒に弾き始めた。
俺の旋律と君の旋律が重なり合って、美しいハーモニーを作り上げていく。
微笑みながら、うっとりと嬉しそうにヴァイオリンを歌わせている君を見つめながら、俺もごく自然に笑みを浮かべていた。
空高く、どこまでも、君と奏でるハーモニーが響いていくように。
そしていつか、この想いが君に届くように。
そんな願いを込めて、俺はヴァイオリンを弾いていく。
END
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