素顔で笑っていたい.24
「・・・けど、なんで親父と今岡と伯父貴なんだ? 珍しい組み合わせじゃねえの」 安志に肩を支えられて、智史はあきのは勿論、伯父と今岡と共に帰宅し、悲鳴を上げかけた知香と、プロでもある伯父に傷の手当をされて、リビングのソファに、あきのと共に座っていた。 殴られたのが主に腹部だったので、表面的な痣は頬のものだけだが、蹴られた足や腕にも多少の痣が出来ているのと、Tシャツの下の腹の辺りは無残なものだった。 「ざっと診察したところ、内臓がやられている感じはないから、大丈夫だろう。鍛えてたお陰だな、智史」 伯父にそう言われ、知香とあきのはあからさまに安堵の息をついた。 そして、知香にお茶の用意をしてもらって現在に至っている。
「大麻先生に聞きたいことがあって、こちらに向けて歩いていたんだ。そうしたら、買い物に出かけられてた先生にあの公園の近くでばったり会って。それから、暫くしてから、公園から短い悲鳴みたいなのが聞こえた気がして、足を向けようとしたところに、森島先生と出くわして、3人で踏み込んでみたら、お前たちだったって訳だ」 今岡の説明に、智史は納得する。 安志は当然ながら、武道の心得がある。そういう技などは本来、素人に向けてはいけないものだが、ああいう場合は、加減してなら役に立つのだ。 今岡は英語教師だが、学生時代は安志を慕っていた関係で、多少の心得があった。伯父も、武道の心得こそないものの、医師である以上、人体の急所は心得ているし、運動神
経も悪くないので、意外と強い。 そんな3人だったから、太刀打ち出来たということなのだろう。 「・・・でも、助かったよ。・・・ありがとな、親父、伯父貴、今岡先生」 智史が頭を少し下げ。あきのも、慌ててそれに倣った。 「あの、本当に、ありがとうございました・・・私・・・」 思い出すだけで、身体が震える。 そんなあきのを、その場にいた全員が労わるように見つめた。 「NISHINAの次男坊が何故、あんなことをしたんだろうな。智史、心当たりはあるのか?」 伯父の言葉に、智史は頷いた。 「・・・あいつの親父と、あきのの親父さんとの間で、婚約させたい、みたいな話が出てたらしくて、あきの、あいつとお見合いしたんだよ。けど、あきのはそれ拒
否して、そのことが気に入らなかったらしいな。プライド傷つけられたってトコじゃねえの?」 「・・・ふうん・・・まあ、あの様子ならこのお嬢さんに拒まれるのも当然だろうな」 伯父は沈んだ表情のあきのに向かって、穏やかな笑みを向ける。 「改めまして、だね、あきのさん。智史の伯父の森島 翔です。妻が、知香ちゃんの姉なんだ」 「おばさまの・・・」 あきのは知香をちらりと見て、それから翔へと視線を戻した。 どこが、と言うとはっきりはしないが、なんとなく、知香と顔立ちの雰囲気が似ているような気がする。 「知香ちゃんや安志から君のことを聞いて、1度会ってみたいと思っていたんだ。妻も来たがっていたんだが、今回は遊びに来たわけじゃないのでね。またいずれ、だな」 「・・・なんで伯母さんまで・・・」 智史がじろり、と翔を睨むが、いつものこととばかり、流されてしまう。 「そりゃあ、お前に彼女が出来たなんて聞いたら気になるさ。中学に上がってからのお前の喧嘩っ早さときたら、まるで若い頃の誰かさんを彷彿とさせるものが・・・」 「・・・翔」 じろり、と安志が睨みをきかせてきて。翔は苦笑した。 「まあまあ・・・いいじゃないか、昔のことなんだから。とにかく、麻衣と知香ちゃんの仲だから、互いの子供の成長は気になるんだよ、2人とも。それに、ここ何年かは忙しくて京都にも来てないだろう? 修学旅行では来たみたいだけどな、智史たちは」 「ああ、まあ。けど、団体旅行中に私用を持ち出せるわけねーだろ? じいちゃんには、まあ、ちょっと電話したけどな」 「市バスの路線を聞いたんだっけな。麻衣がそんな話をしてたよ。・・・で、そういえばここ何年か顔見てないな、とかいう話になってな、会いに行けたらいいなとか言ってたところに、お前に彼女が出来たって聞かされて。そりゃ、どんな子だろうってなるに決まってるだろ」 やたら尤もらしい翔の理屈に、智史は溜息をつくしかなかった。 「・・・で? 伯父貴、うちに泊まんの?」 「いや、月曜日の学会で共同発表する友人のところに泊めてもらって最終打ち合わせをすることになってる。例の、主治医をしてる奴のところだ」 翔が指していることを正確に受け止めて、智史の瞳が険しくなり、あきのは微妙に動揺した。 「携帯画像を渡して、一応注意してもらえるよう、依頼しとくよ。あきのさん、大丈夫だから」 安心させるように微笑んで、翔はあきのと智史に頷いてみせる。 それから暫く他愛ない話をして、翔と今岡は帰っていった。 智史の様子や突然の来客で、自室に引っ込んでいた志穂と香穂もリビングへと出てきた。 「お兄ちゃん、大丈夫?」 「・・・なんか、久しぶりだよね。お兄ちゃんがそんな顔になっちゃってるの」 心配そうな妹たちの視線と言葉に、智史は苦笑で答える。 「まあな。ちょっと派手にやられちまったけど、伯父貴が大丈夫って言ってくれたってことは、大丈夫だよ。あれでも医者だからな、あの人は」 「・・・・・ごめんなさい」 あきのが小さく呟く。 「あきのさん・・・?」 事情を知らない志穂たちは、怪訝な表情になる。けれど、あきのは俯いたまま、声を震わせていた。 「私のせいで・・・智史をこんな目にあわせちゃって・・・」 「・・・あきの」 智史は微かな息をついて、あきのの顔を覗き込む。 「お前のせいじゃねえよ。気にするな」 「私の・・・せいよ・・・だって、私が・・・」 「お前のせいじゃねえって」 智史は両親や妹たちの目を気にする余裕もなく、あきのの手を握る。 「あいつの勝手な逆恨みみたいなもんだろ? それに、お前だって被害者じゃねーか。そんな風に自分を責めるな。俺も、お前に何もしてやれてねぇんだから・・・」 「そんなことない。智史はたくさん、助けてくれた。でも、私は・・・私が、あの人との話を受けていれば、こんなことには・・・」 「・・・いい加減にしろよ」 智史の言葉には怒気が含まれていて。あきのははっとして顔を上げた。 智史の真摯な瞳があきのを射抜く。 あきのはびくり、肩を震わせた。こんな風に智史を恐いと感じることはあまりない。けれど、この瞳から目を逸らすことは出来なかった。それを許してもらえない、そんな力を秘めた瞳だ。 「なら、お前はあいつとの結婚を望んでたのか? あいつと一緒にいて、幸せになれるって思うのかよ」 「・・・それはないわ。私は、あの人とは結婚なんてしたくなかった」 「なら、あいつを退けたのは間違いじゃなかったってことだろ? それに、お前の親父さんがちゃんと筋通して断った話をむし返してややこしくしたのもあいつなんだから、俺とお前がこんなことになっちまったのは、お前のせいじゃなくて、あいつのせいだ。悪いのはどう考えたってあいつで、お前じゃない。それを間違えるな、あきの」 「智、史・・・」 あきのは瞠目して智史を見つめた。 言われてみれば、確かにそうだ。今回のことは徹の勝手な思いから起こったことだ。あきのは、総一郎を通して、正式に話を断っているのだから。 それでも、あきのは自分を責めてしまった。高校生の自分たちでは考えられないような、お見合い結婚、という事態を持ち上げられて困惑している中で。 けれど、智史を巻き込んでこうして怪我をさせてしまったのもまた事実。そのことが、あきのには辛かった。 「・・・でも、智史に怪我をさせてしまったのは本当のことだもの。・・・ごめんなさい。そして・・・ありがとう、智史」 「・・・あきの」 智史は溜息をついて、半ば呆れたような表情になった。 「・・・ま、しょうがねぇか。あいつらにやられちまったのは確かに事実だし、これに関してだけは気にするなって言っても難しいだろうしな、お前の性格なら。けど、お前は悪くない。それだけは忘れんなよ?」 「・・・うん」 頷いたあきのに、智史はようやく表情を緩め、手を離した。
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