素顔で笑っていたい.5








 あきのの問いに、倫子は曖昧に笑う。
「ん〜、詳しくは、聞いてないのよ・・・ただ、誰かと会う約束がある、とは聞かされてるの。家族を紹介したい、みたいに言ってたから、あきのちゃんもってことだと思うのよ」
「そう、なんだ・・・」
 なんとなく釈然としない感はあったが、不確かなことをいつまでも考えていても仕方がない。
 あきのは頭を切り替えて、倫子に切りだした。
「あのね、倫子さん。これから、毎週、まだ曜日は決まってないんだけど、友達の家で勉強することになったの。行き先とか、ちゃんと教えるから、行ってもいい?」
「勉強会、なの? 実香子ちゃん以外の人と?」
「うん。実香子じゃなくて、クラスメートと、その妹の香穂ちゃんと志穂ちゃんっていう中3の女の子たち。・・・実は、今までも何度も、お邪魔させてもらってるの、そのクラスメート の家」
「あらまあ、そうなの? ・・・もしかしたら、そのクラスメートって、男の子?」
 倫子の言葉に、あきのは頬をほんのりと染めた。
「お、お父さんには内緒にしておいて。お願いだから」
「あきのちゃん・・・」
 本来なら、総一郎には報告すべきだろう。倫子はあきのの義母ではあるが、血が繋がっているのは総一郎の方だから。
 けれど、あきのは倫子を信頼しているからこ そ、打ち明けてくれたのだということも解るから、それを簡単に裏切ることは出来ないと思った。
 倫子は小さく溜息をついて、苦笑する。
「・・・判ったわ。でも、連絡先はきちんとしておいてね。それと、夜は遅くなり過ぎないこと。私もあまり家にいてあげられてないけど・・・あきのちゃんを信用してるから」
「ありがとう、倫子さん!」
 あきのは倫子にぎゅっと抱きつき、笑顔になった。
「じゃあ、何曜日の何時からにするか、向こうと相談して決めて、倫子さんに報告するね」
「はいはい」
 うきうきと楽しそうなあきのの様子に、倫子は目を細めた。
 こんなに明るいあきのの笑顔を見たのは、随分久しぶりだ。
「ねえ、あきのちゃん。あきのちゃんの彼氏、いつか、私にも紹介してね? お父さんには内緒でもいいから」
 あきのの様子からすると、良い関係を築 いているらしいことは窺えるが、やはり、直に会って確かめてみたいと倫子は思った。
「・・・うん。話して、みるね。倫子さんが会ってみたいって言ってくれてること」
 ほんの僅かの逡巡の後、素直に頷いてくれたあきのに、倫子は笑みを向ける。
「楽しみにしているわ。・・・ところで、彼氏の名前は?」
「あ、うん・・・智史。大麻 智史っていうの」
「大麻くん、ね・・・了解。覚えておく わ」
「うん。じゃあ、おやすみなさい」
 あきのは自室に入ると、早速智史にメールした。
『倫子さんに話してお許しもらったよ(^_^) それに、父に、看護大を受ける許可ももらいました。女子大も受けることになったけど、それはそれだし。頑張るね、私!』
 智史からの返事は、程なく届いた。
『よかったな。曜日とかはまた明日にでも決めようぜ』
 短めの、用件だけの文面が いかにも智史らしくて、あきのはふふっと笑う。
 明日の土曜日、智史と映画に行く約束をしているのだが、早く会いたいと思ってしまう。今日も、さんざん顔をあわせていたというのに。
 今夜は早く寝て、明日は早起きして身支度を整えよう。
 そう思いながら、あきのは眠りについた。





 翌、土曜日。
 総一郎は接待ゴルフだということで、朝早く出かけて行 った。
 倫子は午後からインタビューの仕事が入っていて、夜も遅くなるらしい。
「ごめんね、あきのちゃん」
「ううん。倫子さんは仕事なんだもの、仕方ないよ。それに、今日は私も出かけるから、大丈夫よ」
 朝食の紅茶を飲みながら、あきのと倫子は他愛ない話をしていた。
「あら、もしかして、例の彼氏とデート?」
「・・・ええ、そうなの」
 ほんのりと頬を染めるあきの に、倫子は温かい笑みを向ける。
「仲がいいみたいね」
「・・・うん。智史とだと、背伸びしなくていいっていうか・・・無理しなくていいから、自分らしくいられる感じなの。凄く、不思議なんだけど」
 あきのの自然な笑みが、言葉の真実を語っている。
 恋愛関係にあって、無理をしたりしなくていい相手というのは確かに貴重だと言えるだろう。
 あきのくらいの年齢ではまだ、駆け引き などというものは存在しないのかもしれないが、それにしても、自分を良くみせようとか、良く思われたいとか、相手に合わせて自分を抑えるとかいう感情は当然のように出てくるものだろうに、それをしなくていい相手だという。
 純粋で素直な恋愛をしているのだろう、あきのと大麻という少年は。
「楽しんでいらっしゃいな、あきのちゃん」
「ありがとう、倫子さん。倫子さんもお仕事、頑張 ってね」
「ええ、頑張ってくるわ!」
 義理の母娘はふふっと笑い合って食事を終えた。





 智史との待ち合わせはいつもの交差点で、あきのがそこに着くのとほぼ同時に彼もそこへ現れた。
「よう」
「おはよ、智史」
「行くか」
「うん」
 勉強漬けでは息が詰まるからと、久しぶりにデートらしいデートをしようと2人で話した結果が、今日の映画鑑賞で ある。
 無論、担任に言わせれば「そんな余裕があるのか? 大麻!」という感じだが、元来勉強嫌いの智史にとって、それだけに集中するには限度があった。
「・・・悪いな、あきの。つき合わせて」
「・・・いやだ、智史ったら。私は楽しみにしてたのに。3年になってから初めてでしょ? 2人で出かけるのって」
「まあな。春休みが最後だったか」
「そうよ。智史の家には頻繁にお邪魔し てるから『久しぶり』っていう感じも少ないのは確かだけどね」
「言えるな」
 映画館に到着した2人は、冒険ファンタジー風のアメリカ映画を見て、軽く昼ごはんを食べると結局大麻家に行くことになった。
「・・・でも、こんなに毎日って感じじゃ、おばさまに迷惑かな」
「いいって。気にすんな。まさか、お前んちに入り込む訳にはいかねーだろ? 図書館とかで勉強すんのも疲れるし、うち が適してんじゃねーか?」
「・・・まあ、私は嬉しいけどね」
 あきのは手土産を買って、智史と共に大麻家にお邪魔させてもらった。
「お帰り、智史。あきのさん、いらっしゃい」
 知香が笑顔で迎えてくれて、あきのはぺこり、と頭を下げた。
「すみません、おばさま。連日になってしまって」
「いいわよ、気にしないで。・・・志穂と香穂は出かけてるから、丁度いいわ。たまには、2 人でゆっくり勉強出来るでしょう」
「・・・そうかもしれませんね」
 あきのは苦笑した。
 勿論、志穂と香穂のことは大好きだ。ただ、あの2人と一緒だとどうしても勉強というよりはおしゃべりが中心になりがちだ。志穂はともかく、香穂は智史と同じく、勉強嫌いらしいから。
 それでも、智史も、ここぞ、という時には集中力を発揮する。だから、香穂も『その気』にさえなれば、それなり に出来るようになるだろうと思っては、いる。
 ただ、何といってもまだ1学期の期末考査前。受験の実感などないに等しいのだろう。
「あ、そうだ」
 あきのは、倫子に香穂たちとの勉強会の許可をもらったことを知香に話す。
「・・・それで、何曜日だと、おばさまのお邪魔にならないでしょうか」
「そうねえ・・・本当は土曜日がいいけれど、あきのさんの方のお宅の都合もあるでしょうし、 金曜日にしましょうか?」
「・・・待てよ、母さん。それじゃ、料理を教えるとかってのが無理になっちまうだろ」
 智史が横から口を挟んだ。
「ああ、それもそうね・・・」
「おばさまがいいなら、私は土曜日でもいいですよ? 日曜日を空けておけば、父も義母も反対はしないと思いますし」
「・・・そう? なら、土曜日ってことで、いいかしら。時間は、香穂たちとも相談して、ということに なりそうだけど」
「はい。よろしくお願いします」
「お願いするのはこっちよ、あきのさん。よろしくね?」
 知香のやさしい微笑みに、あきのも笑顔で頷いた。

 







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