Happy New Year
新しい年が明けた。 あと2週間もすればセンター試験があるが、今日だけは。 そんな思いで、あきのは智史にメールを入れた。出来れば、少しだけでも会いたいと。 「智史にとっては迷惑かなあ・・・」 ひとりごちて、あきのは掌の中の携帯を見つめる。 夏以降、智史はそれこそ必死になって勉強していた。総一郎に大学くらい出ないことにはあきのとの交際は認められない、と宣言されたこともあるが、何より、彼自身がおぼろげながらも進みたい道を見出したからだ。 智史が目指そうとしている道へ進むには、かなりのレベルアップが必要で、それを自身が嫌という程自覚しているからこその努力である。 元々、覚えは悪くない方だ。これまでは、本人のやる気がなかったただけで。 あきのですら目を瞠る程、最近の智史は力をつけてきている。 さすがに国公立は無理だが、私立なら、なんとか模試でB判定が出るまでになった。 後は弱点を克服して、確実に正解を出せるように努力していけばいい。 これには、智史の親友の俊也は勿論、担任の今岡先生や、母親の知香でさえ驚きを隠せなかったようだ。 12月に大麻家へ、英語の家庭教師をしに行った時に、あきのは知香からこんな言葉を聞かされていた。 「智史がこんなに勉強しているのを見たのは、実は私も初めてなのよ、あきのさん。あなたのお陰ね、ありがとう」 「あ、いえ、そんな・・・私のせいなんかじゃないです、きっと。少しだけは、キッカケにはなったかも、ですけど」 「いいえ、あなたのお陰よ。あなたの隣にいて、恥ずかしくないようにって思ってるみたいだから。勿論、結局は自分のためになるんだけど、あなたがいてくれなかったら、今でもどこかいい加減だったんじゃないかしらねえ」 そう言って、知香はやさしい笑顔であきのに温かい紅茶を入れてくれたのだ。 その時のことを思い出すと少し照れてしまう。 最初の時からやさしく迎え入れてくれていた知香だが、あの時には「この先もずっとあきのちゃんが智史と一緒にいてくれたら嬉しいわねぇ」と言ってくれたのだ。それは、あきのにとって何より嬉しい言葉だ。 智史とずっと一緒に。それはつき合いだして1年以上過ぎた今でも変わらない、あきのの望み。 それを知香にも肯定してもらえたようで、照れくさくも嬉しくもあるのだ。 そんなことを考えていたら、携帯が着信を知らせてきた。
急いでそれを開く。 智史からの返事は承諾、だった。 「・・・11時に、交差点、ね」 待ち合わせ時間と場所を読み上げ、あきのは自然と笑顔になった。
外は晴れてはいるが相当空気が冷たい。 ダークブラウンのダウンジャケットの襟元のファーを掻き合わせるようにして、あきのは待ち合わせ場所に向かった。 新しい年の最初に、智史に会う。そう思っただけで、心が浮き立ち、明るい気持ちになれる。 肌を刺すような寒さの中にあっても、笑顔が浮かんでくる。 待ち合わせの交差点が見えてくると、あきのの足は自然と速くなった。 角にあるコンビニの前に、智史の姿を見つけたからだ。 今日の智史は黒のブルゾンにネイビーブルーのスリムジーンズという姿で、スッキリとした印象に見える。少し、纏う雰囲気が厳しく感じるが、それは街中だから、なのだろう。 「・・・智史」 あきのはそっと近づいて声をかけた。 振り向いて、あきのの姿を認めると、智史の纏う空気が和らぐ。 「よう」 「だいぶ待った?」 「いや、そうでもねえよ。・・・お前からのメールが来てから、香穂の奴が煩くてな・・・」 智史は苦笑する。 メールを受信したのが、家族のいるリビングだったため、あきのと会うことが香穂や志穂にも知れ、羨ましがられてしまったのだ。 さすがに志穂はしつこく言うようなことはなかったが、香穂はかなり「いいな〜、あきのさんとデートかぁ〜。私もあきのさんに会いたいよー」と言い続け、早々に逃げ出してきたという次第である。 「香穂ちゃんがどうかしたの?」 「・・・お前に会いたいって言い続けてな・・・全く、あいつはどうしようもねぇ」 あきのは僅かに首を傾げる。 「・・・私に会いたいって言ってくれてるだけなら、どうしようもなくはないでしょう?」 智史は軽い溜息をついた。 「・・・いや、まあ、いいけどな。あいつも連れてくるほうが良かったか?」 智史にそう聞かれて、あきのはようやく何がどうしようもない、という言い方になったのかを理解した。 「・・・ん〜、確かに、今は、ね。・・あ、智史」 あきのがじっと智史を見上げ。 智史の方は目で続きを促す。 「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」 あきのはそう挨拶して、ちょこん、と頭を下げた 「あ、ああ・・・あけましておめでとう。こっちこそ、よろしくな」 智史も軽く頭を下げる。 改まって挨拶をしあって、あまりにも唐突な感じに、互いに苦笑いになる。 「・・・とりあえず、どっかに入ろうぜ。このまま外に立ってたら風邪引きそうだ」 「うん、そうだね」 2人は学校とは反対の方向へと少し歩いて、駅前のカフェに入って席を確保した。 「・・・へえ。それ、似合うな」 智史はあきのの白いニットワンピースを見て感想を口にした。 「あ、そう? これね、倫子さんと一緒に買いに行ったの」 妊娠中の倫子は1人で買い物に行くことを総一郎に禁じられているため、あきのを伴って、ベビー用品を買いに行くことにした。その際に、ついでにという名目で、あきのの服も一緒に選ぶことになったのだ。 「今まで、ありそうでなかったでしょう? こういう機会。あきのちゃんの服も見立ててみたいのよ。いい?」 かなり目立って大きくなってきたお腹の倫子にそう言われては、断る理由などある筈もなく。母娘での服選びとなったのだ。 「・・・元気そうだな、倫子さん」 切迫流産で緊急入院することになった倫子を病院へと連れて行った智史は、その後の経過が順調だと聞いて安堵していた。 「うん。もうすぐ満産期に入るから、今はあまり無理は出来ないみたいだけどね。生まれてくる赤ちゃんの服とかも一緒に選んだの。楽しかったよ」 あきのの嬉しそうな笑みに、智史も穏やかな瞳になる。 「そうか。無事に生まれてくれるといいな」 「うん。はっきりとしてる訳じゃないんだけど、どうも男の子、らしいのよね。まだ父には内緒みたいだけど」 「親父さんには内緒なんか」 「そりゃあ、男の子だったら大喜びだろうげと、違ってたりしたらガッカリさせるかもしれないじゃない? もしも女の子で、ガッカリなんてしたら赤ちゃんが可哀想でしょ? だから内緒にしておこうって、倫子さんが、ね」 「・・・ああ、確かにな」 生まれてくる生命(いのち)は性別に限らず、大切で愛しむべき存在だ。待ち望まれて生まれてくるのだから、喜んで迎えてあげたい、というのは尤もな感情だろう。 女性は特に、その胎内で生命(いのち)を育むのだから、その思いはひとしおなのだろう、と納得した。 「どっちにしろ、楽しみだな、あきの」 「うん! 入試もあるけど、弟か妹に恥じない姉でいるためにも、絶対受かってみせるよ、私」 眩しい笑顔のあきのに、智史も気合を入れなおす。 「・・・だな。俺も頑張らねえと」 「お互いに、ね」 「ああ」 温かな紅茶のカップを前に、あきのと智史は頷きあう。 落ち着くにはまだ少し時間が必要だが。こうして新しい年を迎えた日に決意を新たに出来て良かった。 ずっと一緒に。その願いに近づくための一歩を踏み出す年であればいいと、あきのは思う。 そして、智史にとっても。ともに歩く未来へと続く始まりになればいいと願っていた。 「・・・あきの」 呼ばれて、あきのは軽く首を傾げてみせる。 「・・・これからも、こうしてお前と・・・」 言葉の代わりに、智史はあきのの手をそっと握る。 あきのはそれをそっと握り返して、花が零れるように綺麗な笑みを浮かべた。
END
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