日曜日の昼下がり.2
2人が訪れたのは、初めてまともに口をきいた海辺の公園。 自動販売機でジュースを買って、2人は中程にあるベンチに、並んで座った。 海面は空の青を反射して綺麗だ。時折、白い波が立つのが見える。 「・・・ここ、だったな・・・あきのと俺が初めてまともに口きいたの」 智史が苦笑しながらそう言った。 「うん・・・私、泣いてたんだよね・・・あの時」 あきのも苦笑する。 今となっては
遥か昔の出来事のようだ。 それでも、あの夏の日に、智史とここで会ったからこそ、現在(いま)がある。 「あの時は・・・俺、自分で自分が判んなくてさ・・・結構、焦ってた。カッコ悪ぃけどな」 「・・・焦ってたって?」 不思議そうに見上げてくるあきのに、智史は僅かに視線を外す。 「つまり、その・・・泣いてる、お前を、だな・・・放って、おけなくて、だよ」 そう。智史にとってはあの時の感
情は正に青天の霹靂、とも言えるようなもので。それ以前の彼には、絶対に考えられないことだった。 逆に言えば、相手があきのだったからこそ湧いた感情で、それがつまりは『恋心』という訳だ。 「女が泣いてるのなんて、面倒なだけだと思ってたからな・・・志穂や香穂でも、泣き出したらうっとおしいとしか思わねーのに、お前には・・・泣いててほしくなくて・・・なんとかしてやりたいって、思って・・・」 自らの心の内をこうやって
話していることも、智史にとってはあり得ないことに近い。でも、あきのには話してもいい、と思ってしまうのだから、相当イカレてる。 だが、それに対してあまり嫌悪感がないのもまた事実だった。 「私は・・・智史が話を聞いてくれて、慰めてくれて・・・凄く嬉しかった。ほら、智史って、もっと恐い感じのイメージがあったから、やさしくされて驚いたんだけど・・・でもね、智史のお陰で本当に楽になったの。ありがとう、智史」 「あ
きの・・・」 自然に微笑むあきのを、智史も穏やかに見つめる。 護りたい、大切にしたいと思えるあきのという女性と、想いを交し合って共にいる。その不思議はきっと必然だったのだと、こうして彼女を見つめていると感じる。 「・・・お前だから、だろうな」 「・・・智史?」 「お前だから・・・俺は・・・」 智史はあきのの大きな瞳をじっと見つめる。 すい込まれそうに澄んだ瞳は臆することなく智史を見つめ返してくる。
それすらも、智史を捕らえて離さない要因のひとつ。大抵の女子は智史がジロリ、とひと睨みしただけでコソコソと逃げ出していってしまうから。 あきのだけが、智史と対等に向き合ってくれるのだ。 「お前くらいだからな。俺のことを怖がらないのは」 「そんなことないよ。ただ、みんな・・・智史がやさしいことを知らないだけだと思うよ? まあ・・・あんまり、知ってほしいとは、思わないんだけど」 あきのはそう言って
少し俯く。今の自分の発言が、独占欲丸出しという感じだったから。 「・・・あきの」 智史がポン、とあきのの頭を軽く叩く。 「俺は俊也みたいに器用じゃねーからな。お前以外の女にやさしくしたいとは思わねぇよ。どっちかっつーと、女は苦手だ、俺は」 「智史・・・」 じっと見つめられて、智史はテレたように視線を避けた。 「今に始まったことじゃねえし、お前も、知ってんだろ? そんなことは」 「・・・うん、そう
かも」 そう。智史はそういう人だ。それはあきのにもよく解っている。 それでも、嫉妬という感情は湧き出てくる。ありがたくないことに。 「・・・お前、皺寄ってんぞ、ここ」 智史はあきのの顔を覗きこんでとんとん、とその眉間を突いた。 「智史・・・」 苦笑する智史に、あきのも苦い笑みを口元に刻もうとして失敗した。 こんな感情が自分の中に生まれたことすら初めての経験で、あきのにとっても智史とのこの
関係は新鮮なものでもある。 「・・・私ね・・・智史に会えて、本当に良かったって思ってる。凄くね、不思議。こんな風にお休みの日を一緒に過ごせることも、いいものではないけど、智史のステキなところを他の女の子に知られたくないとかいう感情も、初めて経験するの。・・・前は、そんなこと、思わなかった。とにかく、良く見られたい、嫌われたくないって、一生懸命自分を作ってた気がするの。だけど、今は・・・智史の前で、こんな・・・その、ヤ
キモチ、みたいな思いまで、あなたに言っちゃって、それでも・・・そんなカッコ悪いことも受け止めてもらえて、背伸びしてない自分がいるってことがね、不思議で、嬉しいなって思う」 そう言って、あきのは少し恥ずかしそうに微笑んだ。 そんな彼女に、智史はふっ、と口元に笑みを浮かべた。 「無理、してねーな?」 「うん、してないよ」 「・・・俺も、お前の前だと、無理、しねえで済んでる。・・・なんでだろうな」 「・・・
うん・・・不思議だよね」 昨日、俊也が自分たちに『自然に一緒にいられる相手』という表現をしてくれていたが、本当にそうだということを改めて実感する。 「・・・その・・・俺は自慢じゃねーけど、女とつき合うのはお前が初めてだし、口も上手くねえし、気の利いたことも言えねえ、そんな男だけどよ・・・」 「私、気取った言葉は好きじゃない。言葉がどんなに素適でも、気持ちが入ってなかったら何の意味もないでしょう? さっき言ったじ
ゃない『無理してない』って。それでいいんだと思うの、私は」 あきのはやさしい笑みを浮かべた。 智史の前では優等生の自分を作らなくていい。それだけでもどんなに気が楽か。 「あきの・・・」 智史も笑みになった。 「・・・だよな。俺はどうしたって俺でしかねえし、まんまで、いきゃーいいんだよな」 「・・・うん」 お互いに笑顔になって、2人はだいぶ温くなってしまったジュースを飲み干す。 それから、智
史は微かに咳払いをして、あきのを見つめる。 「・・・あのな、あきの」 「なに? 智史」 「お前、携帯電話、持ってるだろ」 「うん、持ってるよ。智史は、持ってないんだよね?」 修学旅行の帰りの車中で、あきのは智史の電話番号を尋ねた。その際に、彼が携帯電話を持っていないと聞き、自宅の電話番号を教わって登録したのだ。だから、今日の昼間も彼の家の方に電話をした。 「実はな・・・買ったんだ、俺も」 「え?」
あきのは目を丸くする。 智史は流行だとか、周囲と同じでないと不安だとかいう感情に左右されることはない人だ。自分、というものをしっかりと持っていて、それがたとえ周囲のクラスメートや友人と異なっても気にしない。いい意味で、強い人だ。 携帯電話を持っていないのも、彼が必要を感じていないからだと、昨日の会話で知ったあきのである。だからこそ、彼がいきなり考えを変えたことが不思議で、まじまじとその顔を
見つめてしまった。 「・・・そんなに驚くことか?」 あまりにもじっと見つめられて、智史の方が僅かに視線を逸らした。 「だって・・・『俺には必要ない』って、昨日、新幹線の中で言ってたから・・・」 「まあ・・・あの時まではそう思ってたんだけどな・・・」 智史は苦笑してあきのへと視線を戻す。 「けど、お前も、うちの電話にかけるんじゃ、気ぃ遣うだろ? 俺もな・・・あいつらに面白おかしくからかわれんのもムカつくし。それ
で、だよ」 「智史・・・」 おしゃべりで明るい志穂と香穂は、昨日も智史を何かとからかっていた。そういうことを避けて、彼はあきのとのコミニュケーションの時間を大切にしようと考えてくれているのだ。 「・・・ありがとう、智史」 「お前に礼言われるようなことじゃねえよ・・・それより、これなんだけどな、お前の番号、登録してくんねーか」 「あ、これ、私のと一緒の機種だよ、智史」 「そうなんか? なら丁度いい。お前の
を一番最初に入れといてくれ。後は適当にする」 「私が一番で、いいの?」 「・・・お前以外にいねーだろ?」 視線を泳がせる智史を、あきのは温かな気持ちで見つめる。 そして、彼の言う通りに自分の番号を登録した。それから、智史の電話番号も自分の携帯に登録し直す。 「ふふ・・・なんだか、嬉しいな。智史と、また少し近くなったような気がする」 「・・・1人で寂しくなったら、いつでもかけてこいよ? あきの」
「・・・うん。ありがとう、智史」 智史のやさしさをひしひしと感じて、あきのはごく自然に微笑んでいた。
ごくありふれた日曜日の昼下がり。 智史とあきのの最初のデートは、こんな風に穏やかに過ぎていったのだった。
END
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