宝塚大好き!

◆宝塚バウホール星組公演(97/1/11〜97/1/26)感想◆
 〜『武蔵野の露と消ゆとも(作・演出 谷正純)』〜

 幕末の動乱期、公武合体の犠牲となり14代将軍徳川家茂(いえもち)に降嫁した皇女和宮。その悲話はあまりにも有名ですが、もしも和宮とその血のつながらない従兄弟・橋本実梁(さねやな)との間に秘められた恋があったとしたら……。和宮を演じるのはこれが宝塚最後となる白城あやか。そして実梁は麻路さき。二人とも、前作『エリザベート』とは全く違う美しさを見せてくれます。
 この作品、宝塚歌劇でありながら、歌は1曲もありません。オーケストラ演奏も一切なく、音楽は笛と鼓のみ。バウ公演につきもののフィナーレもなく、正真正銘のストレートプレイです。私もかれこれ10年ぐらい宝塚を観ていますが、歌が1曲もない作品なんて初めて観ました。歌も踊りもなくても(日舞はありましたが)、芝居だけでこれだけ勝負ができるのだ、というタカラジェンヌの底力を見せていただきました。
 徳川への降嫁が決まり、実梁に向かって『私を連れて逃げてほしい』とすがる和宮。和宮を愛しながらも、そんなことをすれば帝を始め多くの人を不幸にしてしまうと説く実梁。他人に不幸を渡さぬために、私と二人、耐えて欲しいと。耐えることを選んだその時、和宮の無邪気な少女時代は終わりを告げるのです。以後、徳川の女として生涯を終えると誓う場面まで、白城さんは一人の女性の一生を切なく美しく、そしてしっとりと演じ、その姿には貫禄さえ感じられます。娘役というよりも女役、いえ女優と言った方がいいのでしょう。もう彼女の舞台が観られないのかと思うと本当に残念でなりません。
 対する麻路さんは慣れない公家言葉に少々手こずっておられたものの、その公卿姿は美しく、寄り添って生きることよりも見守ることを選んだ男の大きさを堂々たる風格で演じています。その凛々しさ、白城さんとの舞の美しさにはため息が出ます。
 専科の城火呂絵さん、立ともみさんのうまさは言うまでもなく、孝明天皇と徳川慶喜の二役を演じた千秋慎さん、大奥の主・天璋院の出雲綾さんなど脇を固める人々も出色の出来で、どうして『芝居の星組』と呼ばれないのだろう、と思ってしまうほどでした。また、絵麻緒ゆうさん休演のため役替わりで有栖川宮を演じた朝澄けいさん。下級生ながら麻路さんとの絡みも危なげなく、何よりその立ち姿の美しさには驚かされました。大劇場ではなかなか役のつかない下級生たちの中からきらめく星を見つけ出すのも、バウ公演の醍醐味と言えます。
 歌もなく、激しいダンスシーンもなく、谷先生得意の大量虐殺もなく、比較的淡々と進んでいく舞台ながら、その静けさが決して退屈にならず、むしろ心地よい緊張感となって見る者の心を震わせます。大感動するというよりも、じーんと心に沁み入るという作品でした。多少のせりふのくどさはあったものの、芝居だけで勝負した谷先生及び出演者全員に大きな拍手を送ります。
 この作品を見て、改めて日本物の良さを感じました。昨年は海外ミュージカルだらけだった大劇場ですが、やはり年に1度は日本物のお芝居、そして日本物のショーを上演していただきたいです。男役の若衆姿の美しさ、オーケストラで踊る日舞は宝塚ならではのものです。華やかな海外ミュージカルに比べれば地味かもしれませんが、良い作品であれば必ず観客はついてきます。また、日本物のショーの美しさはレビューのそれに優るとも劣りません。今年後半のラインナップに日本物の作品があるよう、願っています。


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