アマ小説家の作品

◆パペット◆第32回 by日向 霄 page 2/3
「マリエラは、今どこにいる?」
 ふと思いついて、ジュリアンは尋ねた。こいつの言うことがすべて正しく、マリエラが俺を監視するための人形だったとするなら、マリエラは何らかの方法でこいつに情報を送っていたことになる。マリエラ自身、まったく気づかないうちに。
 根拠はない。だがジュリアンはふと、こいつがマリエラの居場所を知らないのではないかと思ったのだ。あの“楽園”のことを。
 声は答えた。
「レベル6。君が置き去りにしたままだ。娘に会えるのを楽しみにしていたんだが、可哀想に。彼女はあの暗く寂しい場所で一生を終えることになる」
 暗く寂しい場所。あの、陽の光に満ちた美しい場所がか?
「娘のいる地下を破壊しようとしてるのはあんたじゃないのか? どうして助けてやらないんだ?」
 助けようにも、居場所がわからないのだ。そう考えれば、こいつがわざわざ俺と話しているのも納得がいく。こいつは俺から情報を得なければならないのだ。娘の――いや、娘である必要はない。ただこいつにとって他の人間よりも価値があるというだけだ――消息を掴むために。
「どうしようもないのだよ。決まっていたことだ。壊されるのは地下だけじゃない。地上も、このポリス自体が役目を終えてしまうのだから」
「それは、イデオポリス自体を破壊するということか?」
 今公安がやっているのはまさしくそれだ。レベル3での爆発、レベル2への空爆。狂気の沙汰だと思った。抵抗勢力との闘いに勝利したとしても、もはや支配すべき市民はいない。
 最初から、それが狙いだったはずはない。ポリス全体を焦土と化すのが目的なら、何もテロリストなど生み出す必要はなかった。“ジュリアン=バレル”もマリエラも、ジャン=ジャック=ムトーも。最初から、爆薬だけで事足りたはずだ。
「ゲームが終われば、盤や駒は片付けるだろう? 新しいおもちゃを買うためには、古い物を処分していかなければならない」
「人間だぞ」
 ジュリアンは唸った。
「人間だけが特別だと思うのは人間の驕りだ。人間のために檻に閉じこめられ、生も死も管理された実験動物達は可哀想じゃないのかね?」
「屁理屈を! じゃああんたは神だとでも言うのか? この世の滅亡は神様の思し召し、人の子は有り難く運命に従えとでも?」
「そうだ。我々はみな神の――“配置者”の支配下にある。この私も含めて」
「ならなぜ、俺達には心があるんだ? 何もかも最初から決まっているなら、なぜ悩み苦しまなきゃならない!」
 いつも苛まれていた。本当か嘘かわからない殺しの記憶に。
 いつも怯えていた。怖かった。不安だった。かりそめの記憶に血を流し、救いを求めていたあの“ジュリアン=バレル”の心を、無意味だとは言わせない。
「心は重要だ。心こそが、我々の欲するものだ。種々の情報に対して、人はどのような感情を抱き、判断し、行動を起こすか。我々がイデオポリスで得たサンプルは非常に豊富かつ有用だ。特に君やムトーの精神パターンは……」
 自慢げに続ける男の声を、ジュリアンが遮る。
「俺達は、本当に実験動物だったんだな」
 絞り出すような、苦痛に満ちた声。
 覚悟はしていた。でも誰が喜んでそれを受け入れたりするだろう。自分だけじゃない、自分を囲む世界のすべてが、よくできた書き割りに過ぎないなんて。
「何を嘆くのかね? 檻は十分に広く、食糧も道具も、仲間でさえも揃っている。檻の外にいたからと言って、より以上の生活ができたろうか。君はそんなにも不幸だったかね? 檻に入れられなければ、マリエラにも逢えなかったのだ」


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