アマ小説家の作品

◆パペット◆第26回 by日向 霄 page 1/3
 しかしそれでも。
 そこはイデオポリスだった。決して別世界ではないのだ。
「あ、手配書の人!」
 ボールを蹴りながら脇をすり抜けようとした子どもが叫んだ。
「ホントだ、そっくり!」
 四方を壁に囲まれた地下の街路に、甲高い子どもの声はよく響いた。兵士達が一斉に反応する。
「走って!」
 サラに言われるまでもない。二人は左右から彼女を守るようにして走り出した。サラがどれだけ訓練を積んでいるか知らないが、どう考えても腕は二人の方が上だし、足も速い。
「どこへ行けばいいんだ?」
 走りながら、ムトーが訊く。レベル3の地理なら頭に入っている。追っ手を巻きながら目的地へたどり着く芸当もできるはずだ。
「G‐3街区です」
 銃を構えた兵士達が数を増やしながら追ってくる。面白い遊びを見つけたと言わんばかり、一緒になって叫びながら駆けてくる子ども達。遠巻きに見ている通行人。
 角を曲がったとたん、前方から駆けてくる兵士の姿が見えた。だが二人は足を緩めない。
「止まれ! 撃つぞ!」
 まだ人を撃ったことなどなさそうな若い兵士がうろたえながら叫ぶ。
 構わず突っ込んだムトーの拳が兵士の顔面に炸裂する。すかさず銃を奪い、もう一人の頭を殴りつけるジュリアン。
 その様子を見て、背後から二人を追っていた兵士達の頭に血が昇った。いくら傍若無人な治安部隊と言っても、むやみな発砲は許されていない。だが相手はただの犯罪者ではない。指名手配を受けた極悪人だ。ここで取り逃がすことになれば、その方がずっと大きな過失になる。
「止まれ!」
 先頭の兵士が引き金をひいた。まずは威嚇のつもりで。
 響く銃声。
 それを発砲許可と聞いて、何人かの兵士が指に力を込める。ダダダッという鈍い音とともに、逃走するムトー達の足下で床が弾け飛ぶ。
 威嚇のはずだった。少なくとも、捕らえるべき敵の体を直接狙った者はなかった。しかし四方を壁に囲まれたレベル3のような狭い空間では、跳ね返った弾が予想外の被害を引き起こす。ましてこれだけ通行人の数が多いとなると――。
 悲鳴が上がった。
 ちらと振り返ったムトーの目に、血を流して横たわる子どもの姿が映った。
 思わず立ち止まり、駆け寄ろうとしたムトーの腕をジュリアンがひっつかむ。そこを狙って再び銃を構える兵士。
 一瞬早くジュリアンの銃が火を噴き、兵士の体が後方へ弾け飛んだ。
 後続の兵士達の足が、倒れた同僚の体を踏み越える。横たわり、動かぬままの子どもに取りすがっている女性の体をも蹴飛ばすようにしながら。
「馬鹿野郎!」
 何かが兵士の肩を打った。
 履き古した靴。哀れな死者を悼もうとしない兵士に憤った一人の婦人が、自らの靴を投げつけたのだ。
「出ていけ!」
 次々とあらゆる物が投げられた。のみならず、人々はただの見物人であることをやめ、兵士達に襲いかかった。数の上では住民の方が圧倒的に多い。恐慌に陥った兵士が銃を乱射するのにもかまわず、雪崩を打って向かってゆく。


続き

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