本の虫

◆第23回『炎の天使/ナンシー・スプリンガー』◆

 人間に憧れた天使が、それもロックとセックスに憧れた天使が地上で肉を得てロックスターになるというお話。主人公ヴォロスは念願かなって肉体を得たものの、背中には予想外の大きな翼が。翼を生やしたまま街を歩く彼を、でも人間達は天使だなんて思わない。ヴォロスの感情の動きに合わせて翼が様々に色を変えても、「どういう仕掛けになってるんだ?」 でも彼を「本物」だと見抜いた人間が3人だけいた。元警官で放浪中の中年男テキサス、厳格な牧師の父に反発して家出する二十歳の娘(といっても夫も子供もいる)アンジェラ。そしてヴォロスを利用して富と名声を得ようと画策するゲイの若者メルセデス。ヴォロスはこの3人の協力でロックスターになるが……。

ありがちな天使  まず興味深いのはやはり「天使が人間に憧れる」ということ。永遠に漂い続けるより、限られた命を燃やし尽くしたいと思うヴォロス。人間は永遠の命をこそ追い求めてきたのに。そして、ヴォロスが地上に降りたもう一つの理由「父なる神への反発」。神は人間ばかり大事にして、ぼくのことなんか見向きもしないと言って嘆くんですね。それどころか人間のために働かされると。天使ってそういうもんなんでしょうか。神様は本当に人間のことばかり考えてくれるの? 無垢で純粋で尊大なヴォロスが徐々に人間らしさを獲得していく課程では、「人間であること」について考えさせられます。

 そして、もっとも興味を引いたのがアンジェラの父親。この人、超保守の牧師さんで、「ロックは堕落の象徴」だと思ってる。その他にも細々と「してはいけないこと」があって、娘のアンジェラはその束縛に耐えきれずに家を飛び出てしまうんだけど、その悪魔的なことと言ったら! 神を語り、神に仕えることが結果的に神の理念とは正反対の方向へ行ってしまう怖さ。プレスリーやマイケル・ジャクソンを生んだ国で、ホントに今でもこんながちがちの保守教団が存在するのか?と思ってしまうのだけど、ゲイに寛容だという理由でディズニーをボイコットする宗派があるんですもんね。この作品も、天使がゲイの若者とセックスするくだりがあるために、出版社が二の足を踏んだそうですし。「神による規範」という考えに慣れていない私には、そういった宗教観や天使の考えが新鮮で不可思議に思えます。

 最後は大団円を迎えるのですが、この大団円がめちゃくちゃあったかいんですよね。アンジェラとの恋に破れて、スターの位置からは落ち、翼もなくし、でもその代わりヴォロスは本物の人間になる。そもそもの最初から見守り続けてくれたテキサスの息子として、本物の人間に。「ピノキオ」やなぁと思ってしまいましたが、本当にじーんと素直に感動できて、読み終わった後にあったかい気持ちになれました。人間であることに嫌気がさしている人は是非ご一読を。

『炎の天使』

以上 ナンシー・スプリンガー(ハヤカワ文庫FT)


●次回予告●

次回は『月光魔術團/平井和正』です。


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