本の虫

◆第17回『源氏供養/橋本治』◆

 また源氏ネタか、と思った方も多かろうとは思いますが……。仕方ないんですよぉ。『窯変源氏物語』全14巻を先頃ついに読破し、そのままこの『源氏供養』に突入した私の頭はもう源氏一色と言っても過言ではなくて、他のネタは考えられないんですから。

 橋本治さんによる『源氏物語』の解題であるこの本、一貫して小説とマンガを扱ってきた『本の虫』では初の評論です。私は大体『本』といえばそれは『小説(物語、フィクション)』のことと思っているので、ノンフィクションとかハウツー物はまず読みませんし、エッセイとか評論とかもあんまり読みません。その中で橋本治さんだけは別で、氏の書かれた物は片っ端から読んでいます。氏の物の見方が好きで、だから私は『窯変源氏』を読んでいるそばから一体氏がどんなふうに解説してくれるのかと『源氏供養』を読みたくて仕方がなかったのです。

女君  『窯変源氏』を読んで「ひょっとしてこうかな」と感じたことが『源氏供養』でより明確に示されて「やっぱり」とにんまりする。これはとっても楽しい作業です。ということはつまり源氏物語をまったく読んだことがない人には「何のこっちゃ」でしかないということですが、でもたとえば「華麗な王朝絵巻を舞台に繰り広げられる恋物語」という通説に異を唱える箇所などは『源氏』を詳しく読んだことがない人にも面白いのではないでしょうか。あるいは「紫式部は権力者の娘が嫌いだった」という話とか。『源氏』の中では3代にわたって藤原氏の后が排されるのですが、当の紫式部はあの有名な藤原道長の娘である中宮(帝の后)彰子に仕えている身なのです(紫式部自身も藤原家の女です)。こんな話書いて道長の機嫌を損ねることはなかったのかなぁといらざる心配をしてしまいます。

 邸の奥で、父親の出世の手蔓にされるために大事に育てられる女たちと、女と見ればとりあえず口説いておこうとする内実のない男たち。男だろうと女だろうと頭が良くて才能にあふれていることがあんまり意味のなかった時代に、頭のいい女だった紫式部が『源氏物語』で表現したかったことは何なのか。それはもちろん「色好みの貴公子の華麗な女遍歴」なんかじゃありませんね。源氏をめぐる様々な女たちを通して、彼女は「どんな女性が幸せなんだろう」と試行錯誤を繰り返している。でも結局、『源氏』の中に「幸せな女性」というのは出てきません。少なくとも「恋によって幸せになった女性」は。『源氏』の最後のヒロイン浮舟は、2人の男の勝手な想いに振り回され、結局は出家してすべてを拒絶してしまうのですが、あの時代に女性が自我を通そうと思えばああするしかなかったということでしょうね。出家して、ともかくは晴れ晴れとする浮舟の心を理解してくれる人は誰もいないのですが。

 もし中学や高校の『古典』の時間に『源氏供養』で解説されているようなお話が出てきていたら、もうちょっと楽しい授業だったでしょうにね。そもそも『古典』を学ぶ意味って、千年前の人間が何を考えていたかを知り、そうして千年後の私たちがどう生きていくかを考えることで、係り結びの法則を覚えることじゃないはずなのに。ねぇ?

『源氏供養』上・下巻

以上 橋本治(中公文庫)


●次回予告●

次回は『獣王星/樹なつみ』です。


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