みーばい亭の
ヤドカリ話
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21.虫を食べる!

ウマオイを食べるナキオカヤドカリ
直翅目の昆虫は大好物だ

「絶滅した恐竜に代わって哺乳類が登場!」
30年ほど前の子供向け科学雑誌にはそんな記述があった。
隔世の感がある。
現在では哺乳類の登場は恐竜とほぼ同じ三畳紀後期の2億2千万年前、その先祖筋に当たる爬虫類でありながら哺乳類と同じような形態や生態を有したキノドン類が繁栄したのが三畳紀前期だから、哺乳類は恐竜よりも古い歴史を持つ種族であることが化石記録によって明らかになっている。
しかしながら、その後1億5千万年もの長きに渡って哺乳類は小さなネズミのような姿のまま恐竜の足元で暮らすことになる。
その理由の一つは食性にあったらしい。

哺乳類も恐竜もそのスタート時は共に昆虫を食べる小型の肉食動物だったようだ。
やがて一部の恐竜が植物食に移行、それに伴って長大化する消化器官を収納する必要性が生じ、結果巨大化への道をまい進することになる。
一方哺乳類は白亜紀の末に恐竜が絶滅する直前まで小さな体のまま昆虫を食べ続けた。
哺乳類が植物食に移行しなかった理由としては、「内温性動物だったために栄養価の高い食物が必要だった」とか、「先に進化した恐竜にニッチを奪われた」とか、様々な仮説が立てられているようだが、私はただ単に昆虫が好きだっただけではないかと思っている。
生き物なんて所詮そんなものではないだろうか?

海産物に恵まれた島国日本では昆虫食は文化として根付くことがなかったので、一般には「珍味」あるいは「ゲテモノ」扱いされることが多いが、内陸の山間部などでは貴重な蛋白源としてセミやイナゴが近代まで利用されていたし、世界的に見れば昆虫食はけっして奇異な習慣ではない。
遠い先祖のDNAは我々人類にもしっかりと受け継がれているわけだ。
三畳紀、ジュラ紀、白亜紀と、その歴史の7割もの時代を「昆虫を食べる小動物」として過ごしたのだから当然のことだろう。
私自身も日常的に昆虫を食べる文化の中で育ったわけではないが、食物として供された昆虫を食べることに別段の抵抗はない。
居酒屋の品書きにイナゴの佃煮があれば必ず注文するし、(残念ながらめったに手に入らないが)ハチの子は大好物である。
一般に恐竜時代は哺乳類にとっては不遇の時代だったとされているが、ビールを飲みながらイナゴの佃煮をさくさく噛んでいると、恐竜の足元で、気張らずに生きていたご先祖様の暮らしはそんなに悪いものではなかったように思えてくる。
なんのかんのと言っても哺乳類は栄養価の高い被子植物が登場する白亜期末まで、実に150000000年もの間そうやって生きてきたのだ。(最新の学説によればだが)
楽しくなければやっていられるわけがない。

ヤシガニ料理を掲載して世間のひんしゅくを買った「週刊日本の天然記念物動物編」には、浜辺に打ち上げられた海鳥の死骸に群がるオカヤドカリの写真が見開きで収録されているし、記事の中では、動物の糞、死んだ魚、アダン、シマアザミ、テリハボクなどがオカヤドカリの食べ物としてあげられている。
しかし動物の糞はともかく、浜辺を散策していても鳥の死骸などそうそう見つかるものではない。
魚やカニの死骸はよく見かけるが、だいたいオカヤドカリは常に浜辺で暮らしている生き物ではないのだ。
特に内陸性のオカヤドカリ(Coenobita cavipes)やオオナキオカヤドカリ(Coenobita brevimanus)などは、繁殖期以外はほとんど海岸にやってくることはないだろう。
つまりオカヤドカリにとって、めったに見つからない鳥獣の死骸や浜辺でしか手に入らない魚の死骸は、日常的な食物にはなりえないわけだ。
では自然下においてオカヤドカリがもっとも頻繁に口にする動物性の食物とは何か?と考えれば出てくる答えはおのずと決まってくる。
「昆虫」だ。
寿命が短く世代交代のサイクルが早い昆虫は、どんどん生まれてどんどん死んでいく。
しかもその数は他の生き物に比べて圧倒的に多いし、どこにでもいる。
なんせ地球上の生き物の90%以上は昆虫なのだ。
その資源は無尽蔵と言っても良いだろう。
私自身も実際にセミやバッタを貪り食っているオカヤドカリを何度も観察したことがある。
飼育下においてもその食いつきの良さは鶏肉や魚肉の比ではない。
ハエくらいならわずか数分で完食してしまう。
そんな食いっぷりを眺めていると、オカヤドカリの餌として良く与えられている干物や茹で鶏などは、仕方がないので嫌々食っているのではないかと思えてくる。
事実そうなのだろう。

オカヤドカリの餌として日常的に昆虫を与えることについては、殺虫剤や農薬、寄生虫の心配など様々な不安があるので、「餌の話」ではあえて触れてはいないが、私自身はオカヤドカリが喜んで食べるのならと、積極的に与えている。
もともと細かいことはあまり気にしない性質なのだ。
だいたい我々が日頃口にしている食品の安全性からしてはなはだ怪しいものだし、オカヤドカリ専用フードと銘打ったペレットやゼリーなどもメーカーのふざけた商品展開を見れば生体の安全に配慮しているとはとても思えない。
それを思えば昆虫を食べさせるリスクなどは胡乱な不安に過ぎないだろう。
もちろんオカヤドカリのためにわざわざ虫捕りに出かけているわけではないが、花壇やプランターをちょっと掘ればコガネムシの幼虫がごろごろ出てくるし、駆除が必要なアオムシやイモムシもたくさんいる。
サッシのレールに落ちているガや、ハエたたきの犠牲になったハエやゴキブリもゴミ箱に捨てられるよりはオカヤドカリの餌になった方が少しは救われるだろう。
一般家庭においても昆虫は無尽蔵な資源なのだ。
今、窓の外では秋の虫が大合唱を繰り広げている。
コオロギやバッタの類はオカヤドカリの大好物。
オカヤド水槽の中からは鋏脚を砥いで舌なめずりしている音が聞こえてくる・・ような気がする(笑)




大御所組と2005年組、懇親会のひとコマ
成長の早い個体は前甲長10ミリに達して、大御所連中と並んでもほとんど遜色がない

つい2年前は米粒ほどの大きさだったのだが・・。



セセリチョウを食べるコカマキリの幼虫
小さな庭でもたくさんの昆虫たちが命の営みをくりひろげている
食事に夢中で、ほんの数センチまで顔を近づけてもおかまいなし
実に美味そうだ


2007.9.21

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