糖尿病の臨床では,食事療法や運動療法を指導すると共に,定期的にHbA1cを測定し,血糖コントロール状態を判定し,治療方針の見直しを行います.この時,単にHbA1cの高低だけでなく,その動きを見ることが大切です.その理由は,両指標の動的な読み方が分かれば,その推移から今後これら指標がどのように変化するかを予測することができるからです.本ページでは,血糖変化に対するHbA1cの応答特性を解析し,HbA1cの動きをどのよう判断すべきかについて検討します.
図1.血糖が階段状に改善した場合のHbA1cの変化
まず,血糖は \(s\) 日かかって \(G_0\) から \(G_1\) に直線的に低下すると仮定します.この時,\(G(t)\) は \begin{align} G(t) = \begin{cases} G_0 & t ≤ 0 \text{ の時}\\ G_1 + (G_0 -G_1) \left(1 - \frac{t}{s} \right) & 0 < t ≤ s \text{ の時}\\ G_1 & s ≤ t \text{ の時} \end{cases} \end{align} となります.この時のHbA1cを計算すると,\(t ≤ 0\) と \(t ≥ T+s\) の時は簡単で \begin{align} HbA1c(t) = \begin{cases} \frac{1}{2} kTG_0 & t ≤ 0 \text{ の時}\\ \frac{1}{2} kTG_1 & T+s ≤ t \text{ の時} \end{cases} \end{align} となります.計算が複雑なのは \(0 < t < T+s\) の時ですが,HbA1cを規格化した方が分かりやすいので,次のように関数 \(f(t)\) を導入します. \begin{align} HbA1c(t) = \frac{1}{2} kTG_1 + \frac{1}{2} kT ( G_0 - G_1 ) f(t) \end{align} このようにすると,\(f(t)\) は \(t ≤ 0\) で1となり,\(0 < t ≤ T+s \) で1から0に漸減し,\(t ≤ T+s\) で0となる関数で,規格化されたHbA1cの変化を示します.計算はかなり複雑ですが,結果は次のようになります. \begin{align} f(t) = \begin{cases} 1 & t ≤ 0 \text{ の時}\\ 1 - \frac{1}{sT^{2}} t^{2} \left( T- \frac{1}{3}t \right) & 0 < t ≤ s \text{ の時}\\ 1 - \frac{1}{T^{2}} \left[ T(2t-s) - \left(t^{2} - st + \frac{1}{3}s^{2} \right) \right] & s < t ≤ T \text{ の時}\\ 1 - \frac{1}{sT^{2}} \left[ T^{2} \left( t-\frac{1}{3}T \right) - (t-s)^{2} \{ T-\frac{1}{3} (t-s) \} \right] & T < t ≤ T+s \text{ の時}\\ 0 & T+s < t \text{ の時} \end{cases} \end{align} この式は大変複雑なので,このままでは生理学的な意味を理解することは困難です.そこで,HbA1cの経過がどのように変化するかを数値計算を行って調べましょう.
赤血球寿命を120日とし,血糖改善時間 \(s\) を0〜30日に変えて \(f(t)\) の時間変化を計算した結果を図5に示します.この図では細かな変化は分かり難いかも知れませんが,血糖改善時間 \(s\) が長くなると,次第にHbA1cの改善が遅れてくる様子がよく分かります.
図2.血糖が直線的に改善した場合のHbA1cの変化 図3.HbA1cの50%改善時間
図4.血糖が直線的に改善した場合,HbA1cは \(s/2\) だけ遅れる
血糖が急速に改善した場合とゆっくりした改善した場合におけるHbA1cの動きは上記のようになります.血糖改善時におけるHbA1cの動きを理解すれば,治療開始後におけるHbA1cの動きから患者の血糖コントロール状態を正確に把握し,治療方針の立案・修正に利用することができます.これらについて症例を示しながら説明を捕捉したいと思います.
図5.著明な高血糖で入院し,経過が良好であった1例の治療経過
図6.著明な高血糖で入院した24例の治療開始後1ヶ月のHbA1c改善量(ΔHbA1c) vs 入院時HbA1c
図6は,HbA1c>10%にて教育入院を行ない,4ヶ月後にHbA1c<7.5%に改善した糖尿病患者24例における治療開始後1ヶ月目のHbA1c改善量(ΔHbA1c)を入院時のHbA1cに対してプロットしたグラフです.治療後の到達HbA1cを7%と仮定し,血糖改善時間を0とすると,1ヶ月間の改善量は全改善量の50%ですから,
\begin{align}
ΔHbA1c = ( \text{入院時}HbA1c−7.0 )/2
\end{align}
となることが予測されます.図6に赤い破線で上式を示しますが,患者のデータとかなりよく一致しています.計算式では血糖改善時間を考慮していませんでしたが,血糖改善時間を計算に入れると改善量が上式よりやや小さくなりますので,このことを考慮すると,両者は非常によく一致していると考えてよいと思います.
このようにHbA1cの経過は理論値と非常によく一致します.従って,このことを利用すれば,治療後のHbA1cの到達値を予測することができます.練習問題を右に示します.答えは,本症例では血糖改善に10日を要していますので,5日経過が遅れると考えます.この5日を除くと,退院日まで実質で10日の経過となります.従って,HbA1cは10日で0.8%の改善をしたことになります.これは1ヶ月に換算すると2.4%の改善に相当します.HbA1cの1ヶ月の改善率は50%ですので,この症例のHbA1cは全体で4.8%の改善をきたすと予測されます.従って,退院時と同じ状態が続くなら,HbA1cは最終的に7.2%まで低下すると予測されます.
このように予測改善量と経過の関係を式で示すと次のようになります. \begin{align} \text{予測改善量} = \left( \frac{\text{期間内改善量} × 30}{\text{経過日数} - \text{血糖改善日数} × 0.5} \right) × 2 \end{align} 実際には,この式を使わなくても,上記の練習問題で示したように,実質的なHbA1cの低下日数を見積り,その日数から1ヶ月の改善量を暗算で概算し,その結果を2倍すれば予測改善量を計算できます.慣れれば,この暗算の方が上記の計算式より簡単に計算できます.
図7.HbA1cと過去の血糖の相関は何を意味するか?