第3章 血糖変化に対するHbA1cとグリコアルブミンの応答

3.1) 血糖変化に対するHbA1cの応答

作成日:2018/8/29,最終更新日:2019/1/10

 糖尿病の臨床では,食事療法や運動療法を指導すると共に,定期的にHbA1cを測定し,血糖コントロール状態を判定し,治療方針の見直しを行います.この時,単にHbA1cの高低だけでなく,その動きを見ることが大切です.その理由は,両指標の動的な読み方が分かれば,その推移から今後これら指標がどのように変化するかを予測することができるからです.本ページでは,血糖変化に対するHbA1cの応答特性を解析し,HbA1cの動きをどのよう判断すべきかについて検討します.

1.血糖が階段状に改善した場合のHbA1cの変化 1-3)

図1.血糖が階段状に改善した場合のHbA1cの変化

 最初に,最も基本的なケースとして治療により血糖が階段状に改善した場合について改めて検討します.血糖が階段状に改善した場合については,これまでにも繰り返し言及してきましたが,数学的に正確に記載すると,血糖値\(G(t)\)は
\begin{align} G(t) = \begin{cases} G_0 & t ≤ 0 \text{ の時}\\ G_1 & 0 < t \text{ の時} \end{cases} \end{align} という変化をします.この時,HbA1cは \begin{align} HbA1c(t) = \begin{cases} \frac{1}{2} kTG_0 & t ≤ 0 \text{ の時}\\ \frac{1}{2} k TG_1 + \frac{1}{2} kT(G_0 - G_1)\left( 1-\frac{t}{T} \right)^{2} & 0 < t ≤ T \text{ の時}\\ \frac{1}{2} kTG_1 & T < t \text{ の時} \end{cases} \end{align} という変化を示します.もちろん \(T\) は赤血球寿命です.このHbA1cの変化を図1に示しますが,半減期は \begin{align} HbA1c\text{の50%改善時間} = 0.293T \end{align} となっています.

2.血糖が直線的に改善した場合

 次に,血糖がもっと時間をかけて改善する場合について検討しましょう.教育入院などで血糖が急速に改善する症例は少なくありませんが,短くても数日以上かかることが普通です.このような現実的な血糖変化に対するHbA1cの変化を計算します.

 まず,血糖は \(s\) 日かかって \(G_0\) から \(G_1\) に直線的に低下すると仮定します.この時,\(G(t)\) は \begin{align} G(t) = \begin{cases} G_0 & t ≤ 0 \text{ の時}\\ G_1 + (G_0 -G_1) \left(1 - \frac{t}{s} \right) & 0 < t ≤ s \text{ の時}\\ G_1 & s ≤ t \text{ の時} \end{cases} \end{align} となります.この時のHbA1cを計算すると,\(t ≤ 0\) と \(t ≥ T+s\) の時は簡単で \begin{align} HbA1c(t) = \begin{cases} \frac{1}{2} kTG_0 & t ≤ 0 \text{ の時}\\ \frac{1}{2} kTG_1 & T+s ≤ t \text{ の時} \end{cases} \end{align} となります.計算が複雑なのは \(0 < t < T+s\) の時ですが,HbA1cを規格化した方が分かりやすいので,次のように関数 \(f(t)\) を導入します. \begin{align} HbA1c(t) = \frac{1}{2} kTG_1 + \frac{1}{2} kT ( G_0 - G_1 ) f(t) \end{align} このようにすると,\(f(t)\) は \(t ≤ 0\) で1となり,\(0 < t ≤ T+s \) で1から0に漸減し,\(t ≤ T+s\) で0となる関数で,規格化されたHbA1cの変化を示します.計算はかなり複雑ですが,結果は次のようになります. \begin{align} f(t) = \begin{cases} 1 & t ≤ 0 \text{ の時}\\ 1 - \frac{1}{sT^{2}} t^{2} \left( T- \frac{1}{3}t \right) & 0 < t ≤ s \text{ の時}\\ 1 - \frac{1}{T^{2}} \left[ T(2t-s) - \left(t^{2} - st + \frac{1}{3}s^{2} \right) \right] & s < t ≤ T \text{ の時}\\ 1 - \frac{1}{sT^{2}} \left[ T^{2} \left( t-\frac{1}{3}T \right) - (t-s)^{2} \{ T-\frac{1}{3} (t-s) \} \right] & T < t ≤ T+s \text{ の時}\\ 0 & T+s < t \text{ の時} \end{cases} \end{align} この式は大変複雑なので,このままでは生理学的な意味を理解することは困難です.そこで,HbA1cの経過がどのように変化するかを数値計算を行って調べましょう.

 赤血球寿命を120日とし,血糖改善時間 \(s\) を0〜30日に変えて \(f(t)\) の時間変化を計算した結果を図5に示します.この図では細かな変化は分かり難いかも知れませんが,血糖改善時間 \(s\) が長くなると,次第にHbA1cの改善が遅れてくる様子がよく分かります.

図2.血糖が直線的に改善した場合のHbA1cの変化       図3.HbA1cの50%改善時間
 

図4.血糖が直線的に改善した場合,HbA1cは \(s/2\) だけ遅れる

 そこで,HbA1c改善の遅れが血糖改善時間 \(s\) と赤血球寿命 \(T\) にどのように依存しているかを調べるため,\(s\) と \(T\) を変化させ,それぞれに対するHbA1cの改善経過を計算しました.図3に,赤血球寿命 \(T\) を80〜140日に変化させた場合に,HbA1cの50%改善時間が血糖改善時間 \(s\) にどのように依存するかを調べた結果を示します.●で示した結果が計算結果です.このデータをよく見ると,HbA1c50%改善時間と \(T\),\(s\) の関係は \begin{align} HbA1c\text{の50%改善時間} = 0.293T + 0.5s \end{align} という近似式にほぼ一致しています.図3に示す破線がこの近似式です.この近似式の第1項は血糖が階段状に変化した場合の半減期になっており,第2項は血糖改善に要した時間の1/2になっています.従って,血糖が直線状に時間をかけて改善した場合,血糖改善に要した時間の1/2だけHbA1cの改善が遅れることになります.このHbA1cの改善の遅れを模式的に示すと,図4のようになります.

3.臨床データとの比較

 血糖が急速に改善した場合とゆっくりした改善した場合におけるHbA1cの動きは上記のようになります.血糖改善時におけるHbA1cの動きを理解すれば,治療開始後におけるHbA1cの動きから患者の血糖コントロール状態を正確に把握し,治療方針の立案・修正に利用することができます.これらについて症例を示しながら説明を捕捉したいと思います.

図5.著明な高血糖で入院し,経過が良好であった1例の治療経過

図6.著明な高血糖で入院した24例の治療開始後1ヶ月のHbA1c改善量(ΔHbA1c) vs 入院時HbA1c

 図5に典型的な経過をたどった2型糖尿病の1例におけるHbA1cの実測値と理論値の経過を示します.本症例は数ヶ月前から著明な口喝,多飲多尿を自覚し,最近3ヶ月で90kgから75kgまで体重減少をきたしたとの訴えで来院しました.初診時の検査結果は随時血糖 735mg/dL,HbA1c 15.7%,尿ケトン体(++)でした.このため1型糖尿病の可能性を考え,入院にて直ちにインスリン治療を開始しました.入院後,血糖は急速に改善し,最終的にはインスリンを離脱しました.図5を見ると,実測値と理論値は極めてよく一致しています.
 
 
 

 図6は,HbA1c>10%にて教育入院を行ない,4ヶ月後にHbA1c<7.5%に改善した糖尿病患者24例における治療開始後1ヶ月目のHbA1c改善量(ΔHbA1c)を入院時のHbA1cに対してプロットしたグラフです.治療後の到達HbA1cを7%と仮定し,血糖改善時間を0とすると,1ヶ月間の改善量は全改善量の50%ですから, \begin{align} ΔHbA1c = ( \text{入院時}HbA1c−7.0 )/2 \end{align} となることが予測されます.図6に赤い破線で上式を示しますが,患者のデータとかなりよく一致しています.計算式では血糖改善時間を考慮していませんでしたが,血糖改善時間を計算に入れると改善量が上式よりやや小さくなりますので,このことを考慮すると,両者は非常によく一致していると考えてよいと思います.

<練習問題>
練習問題  
 

 このようにHbA1cの経過は理論値と非常によく一致します.従って,このことを利用すれば,治療後のHbA1cの到達値を予測することができます.練習問題を右に示します.答えは,本症例では血糖改善に10日を要していますので,5日経過が遅れると考えます.この5日を除くと,退院日まで実質で10日の経過となります.従って,HbA1cは10日で0.8%の改善をしたことになります.これは1ヶ月に換算すると2.4%の改善に相当します.HbA1cの1ヶ月の改善率は50%ですので,この症例のHbA1cは全体で4.8%の改善をきたすと予測されます.従って,退院時と同じ状態が続くなら,HbA1cは最終的に7.2%まで低下すると予測されます.

 このように予測改善量と経過の関係を式で示すと次のようになります. \begin{align} \text{予測改善量} = \left( \frac{\text{期間内改善量} × 30}{\text{経過日数} - \text{血糖改善日数} × 0.5} \right) × 2 \end{align} 実際には,この式を使わなくても,上記の練習問題で示したように,実質的なHbA1cの低下日数を見積り,その日数から1ヶ月の改善量を暗算で概算し,その結果を2倍すれば予測改善量を計算できます.慣れれば,この暗算の方が上記の計算式より簡単に計算できます.

4.HbA1cと過去の血糖の相関は何を意味するか? 4)

図7.HbA1cと過去の血糖の相関は何を意味するか?

 ここでHbA1cと過去の血糖の相関を考えましょう.HbA1cが初めて実用化された頃,HbA1cと過去の血糖の相関が盛んに調べられました.その結果,HbA1cが1ヶ月前の血糖と最もよく相関するという結果が得られ,「HbA1cは1ヶ月前の血糖を表す」といった誤った解釈がなされました.では,HbA1cと1ヶ月前の血糖が最もよく相関するというのは何を意味するのでしょうか?
 この問題を考えるため,血糖とHbA1cの関係を模式的に示したのが図7です.血糖コントロールが a のように良くなったり悪くなったりを繰り返している場合を考えましょう.この場合,HbA1cは b のように血糖値に遅れてゆっくり追随することになります.この b のHbA1cのカーブを c のように半減期分だけ前へずらすと両者のパターンが最もよく一致し,相関係数が最大となります.
 このようなデータは一般的には時系列データと言われ,2つの時系列データ間の相関は通常の相関とは異なり,相互相関といわれます.時系列データにおいては,相互相関から分かるのは,相対的なパターンの遅れ時間で,それ以外の意味はありません.結論的には,HbA1cは半減期1ヶ月で血糖変化に遅れて追随していくため,1ヶ月前の血糖と最もよく相関するという結果になったわけです.

参考文献

  1. Shi K, Tahara Y, Noma Y, at al.: The responses of glycated albumin to blood glucose change in the circulation in streptozotocin-diabetic rats - Comparison of theoretical results with experimental data. Diabetes Res Clin Prac 17:153-160, 1992.
  2. Tahara Y, Shima K: The response of GHb to stepwise plasma glucose change over time in diabetic patients (letter). Diabetes Care 16:1313-1314, 1993.
  3. Tahara Y, Shima K: Kinetics of HbA1c, glycated albumin and fructosamine and analysis of their weight functions against preceding plasma glucose level. Diabetes Care 18:440-447, 1995.
  4. 田原保宏,島 健二:糖化アルブミンおよび糖化ヘモグロビンと過去の血糖の相互相関に関する理論的解析.糖尿病 37:565-572, 1994.