第2章 グリコアルブミンはいつの血糖を表すか?

2.3) グリコアルブミンにおけるグルコース複数結合と測定値の関係

作成日:2018/12/28,最終更新日:2019/1/8

 グリコアルブミンは以前はアフィニティ法で測定されていましたが,現在は酵素法で測定されています.アルブミンには主なグルコース結合部位が4ヶ所もあるため,高血糖になると1個のアルブミンに複数のグルコースが結合しています.このため,高血糖になると両者の測定値がずれてくることになりますが,この問題はこれまでほとんど検討されていません.実際には,グルコース複数結合が問題になるのは極めて高血糖の場合だけであると考えられますが,この問題は非常に面白く,示唆に富む問題を含んでいますので,ここで定量的に考えてみたいと思います.

1.グリコアルブミン測定法

図1.グリコアルブミン測定法
A:アフィニティ法,B:酵素法

 

図2.グリコアルブミン測定法と測定値

 グリコアルブミン測定法には図1に示すように,アフィニティ法と酵素法があります.
 アフィニティ法は2段階カラム法とも言われ,1段目のカラムでアルブミンを分画し,2段目のホウ酸アフィニティカラムでグリコアルブミンと非グリコアルブミンを分離し,グリコアルブミンの比率を計算します 1)
 一方,酵素法はアルブミンに結合したグルコース結合部を特異的な酵素で切り出し,この糖化アミノ酸を発色させ定量します.血中のアルブミン量を別の方法で定量し,両者の比率からアルブミン1個当たりのグルコース結合数を計算します 2)

 アフィニティ法と酵素法は測定法が異なるだけではなく,実は基本的に異なったものを測定しています.両者の差を明らかにするため,図2のような場合を考えてみましょう.図2では10個のアルブミンのうち,2個にはグルコースが1個結合し,1個にはグルコースが2個結合しています.
 このような場合,アフィニティ法の測定値は30%になりますが,酵素法では0.4mol/molとなります.血糖値が低い場合はグルコースが複数結合したものは少ないので両者の値は一致しますが,高血糖になるとこのように両者の値は基本的にずれてきます.

 現在は酵素法で測定した値も%表示で報告されていますが,測定原理から考えると,アフィニティ法の結果は%で表示し,酵素法の結果はmol/molで表示するのが正しい表記法になります(グリコアルブミンが標準化されれば,mol/molになる予定です 3).

2.グルコース複数結合時の平衡状態でのグリコアルブミン値

図3.アルブミンのグルコース結合部位

 蛋白質の外部に向かってアミノ基が突き出している場合,そのアミノ基にはグルコースが結合しやすく,グルコースが結合するとやがてAmadori転位を起こし,糖化蛋白が形成されます.この反応は非酵素的な反応であるため,全ての蛋白質で起こる普遍的な反応です.
 アルブミンの場合は図3に示す4つの部位がグルコースの結合しやすい場所になっており,糖化が進めば4つの部位全てにグルコースが結合してきます 4)

 4つの部位が存在すると,グリコアルブミン測定値にどのような影響が出るかを検討しましょう.厳密には4つの部位に対するグルコースの結合しやすさは異なっており,一つの部位にグルコースが結合すると他の部位のグルコース結合しやすさに影響を与える可能性があります.しかし,余り細かく考えると複雑になり,基本的な性質をとらえることができなくなりますので,ここでは,各部位のグルコース結合率は等しく,互いに独立で影響しないと仮定して計算を進めます.

 一つの部位について考えます.結合部位をR,グルコースをGとすると,その反応式は \begin{align} R + G → RG → \text{代謝} \end{align} となり,反応方程式は \begin{align} \frac{d[RG]}{dt} = k [R] G - α [RG] \end{align} となります.\(k\) は糖化蛋白産生速度定数,\(α\) はRを有する蛋白質の代謝速度定数です.血糖が一定で平衡状態にある場合は, \begin{align} k [R] G = α [RG] \end{align} となります.この部位におけるグルコース結合率を \(F\) とすると, \begin{align} k(1-F) G = α F \end{align} となりますから,\(F\) は \begin{align} F = \frac{\frac{k}{α}G}{1 + \frac{k}{α}G} \end{align}

図4.\(GA_{aff}\) と \(GA_{enz}\) の \(g\) に対する変化.

 

図5.\(GA_{aff}\) と \(GA_{enz}\) の比較.

となります.ここで, \begin{align} g = \frac{k}{α}G \end{align} とすると,\(g\) は標準化された血糖値になり,\(F\) は \begin{align} F = \frac{g}{1 + g} \end{align} となります.従って,1個の結合部位におけるグルコース結合率は,\(g\) が小さい場合は直線的に増加しますが,\(g\) が大きくなると飽和効果が現れ,次第に 1 に漸近します.
 1個のアルブミンにはグルコース結合部位が4つありますので,\(GA_{aff}\) と \(GA_{enz}\) の測定値を計算すると,これらの値は \begin{align} &GA_{aff} = 1 - (1-F)^4\\ &GA_{enz} = 4F \end{align} となります.\(F ≪ 1\) の時は \(GA_{aff}=4F\) となり,両者は等しくなりますが,\(g\) が大きくなると両者のふるまいが大きく変わってきます.

 アフィニティ法と酵素法の差を検討するためには4つの結合部位を有するモデルについて計算をすれば良いわけですが,分かりやすくするため,結合サイト数が 2,3,4 の場合を順に考えることにしましょう.結合サイト数を \(n\) とすると,\(GA_{aff}\),\(GA_{enz}\) は \begin{align} &GA_{aff} = 1 - (1-F)^n\\ &GA_{enz} = nF \end{align} となります.図4に \(n=1∼4\) の場合における \(g\) に対するグリコアルブミンの変化を示します.図を見るにあたって注意すべきことは,\(GA_{aff}\) は最大値が 1 であるのに対し,\(GA_{enz}\) は最大値が \(n\) になることです.いずれのGAも,\(g < 0.2\) の場合は \(GA_{aff}\) と \(GA_{enz}\) はほぼ一致していますが,\(g\) が大きくなると両者は大きくずれてきます.図5は横軸に \(GA_{}\),縦軸に \(GA_{aff}\) を取って両者を比較したものですが,\(n\) が大きいほど両者のずれが大きくなっています.

3.血糖が変化する場合のグリコアルブミン値の変化

 では,\(GA_{aff}\),\(GA_{enz}\) の関係はいつでも前節で述べた関係になるのでしょうか? 一見,この関係でよさそうに思えますが,実は前節の関係が成立するのは,血糖が平衡状態の時(あるいは極めてゆっくり変化する時)だけなのです.この問題を考えるため,まず,グルコース結合部位が2つの場合について検討しましょう.

 \(F=0.1\) であった場合,どのようになるでしょうか? 血中アルブミンのうち,グルコース結合数 0 の割合を \(F_0\),1 の割合を \(F_1\),2 の割合を \(F_2\) とすると,\(F_0 : F_1 : F_2\) の割合は平衡状態では \begin{align} (0.9 N + 0.1 G)^2 = 0.81 N^2 + 0.18 NG + 0.01 G^2 \end{align} という式の係数に等しくなります.この式における \(N\) はグルコースの結合していない状態,\(G\) はグルコースの結合している状態を示しており,\(N^2\) はグルコース結合数 0,\(NG\) はグルコース結合数 1,\(G^2\) はグルコース結合数 2 を意味しています.この係数から \begin{align} F_0=0.81, F_1=0.18, F_2=0.01 \end{align} となります.また,前節の計算式より,グリコアルブミン測定値は \begin{align} GA_{aff}=0.19,GA_{enz}=0.20 \end{align} となり,両者はほぼ一致しています.結合部位が4ヶ所の場合は式(12)の左辺の2乗を4乗にすれば同様に分布が計算できます.このような分布を統計学では2項分布といいます.

 同じように,極端な場合ですが,\(F=0.9\) の場合を考えましょう.この場合, \begin{align} (0.1 N + 0.9 G)^2 = 0.01 N^2 + 0.18 NG + 0.81 G^2 \end{align} となりますので, \begin{align} F_0=0.01, F_1=0.18, F_2=0.81 \end{align} となります.グリコアルブミン測定値は \begin{align} GA_{aff}=0.99,GA_{enz}=1.80 \end{align} となって,両者は大きく異なります.
 ここで,突然,血糖値が 0 になり新たにグリコアルブミンが生成されなくなったとします(血糖 0 は現実にはあり得ませんが,思考実験です).この後,グリコアルブミンは半減期14日で次第に低下していきます.6週余り経過して,グリコアルブミンが 1/9 に低下した状態を考えましょう.この時,\(NG\) のグリコアルブミンも \(G^2\) のグリコアルブミンも同じ速さで代謝しますので,相対的な比率は変化しないままになります.\(F_1\),\(F_2\) が 1/9 の値になり,残りが \(F_0\) になります.その結果, \begin{align} F_0=0.89, F_1=0.02, F_2=0.09 \end{align} となります.この時のGA測定値は \begin{align} GA_{aff}=0.11,GA_{enz}=0.20 \end{align} となり,グリコアルブミン値が低値であるにも係わらず,両者が大きく異なってしまいます.

 このように高血糖になると,状態によって \(GA_{aff}\) と \(GA_{enz}\) は大きく異なり,その後,血糖が低下しても,しばらくは高血糖時の影響がそのまま残ることになります.これまでの計算ではグルコース結合部位が2つであるとしましたが,グルコース結合部位が4つの場合は,両者のずれはもっと大きくなります.このようなずれが起こる原因は,アフィニティ法では結合したグルコース数を正確に反映しないことにあります.酵素法では測定値は単純に結合したグルコース数に比例し,アフィニティ法のような問題は発生しません.このような点からも酵素法の方が優れた検査法であるということができます.
 ここで両測定法の単位について改めて言及しますが,このような問題点を考えると,アフィニティ法の結果は%表示が正しく,mol/mol表示は正しくないこと,逆に,酵素法の結果はmol/mol表示が正しく,%表示は正しくないことになります.グリコアルブミンは標準化されればmol/mol表示なる予定ですので,この問題は解決されることになります.
 検査の名称も実は問題です,アフィニティ法は糖化したアルブミン数をカウントしているのでグリコアルブミンという名称で適切であるといえます.これに対し,酵素法はアルブミンに結合したフルクトサミンをカウントしています.従って,測定原理を考えると,酵素法はグリコアルブミンでなく,アルブミン結合フルクトサミン(Albumin-Bound Fructosamnie, ABF)と呼ぶのが適切であるといえます.

参考文献

  1. Shima K, Ito N, Abe F, et al.: High-performance liquid chromatographic assay of serum glycated albumin. Diabetologia 31:627-631, 1988.
  2. Kouzuma T, Usami T, Yamakoshi M, et al.: An enzymatic method for the measurement of glycated albumin in biological samples. Clin Chim Acta 324:61-71, 2002.
  3. Takei I, Hoshino T, Tominaga M, et al: Committee on Diabetes Mellitus Indices of the Japan Society of Clinical Chemistry-recommended reference measurement procedure and reference materials for glycated albumin determination. Annals Clin Biochem 53:124-132, 2016.
  4. 旭化成ファーマ株式会社ホームページより.