年を踏むと
少しは自分が見えると
愚かにも思っていました。
それがまるで違っています
ますます 混沌とした
泥沼にいます。

何もやはり見えていません
そんな自分を
捨てたくて 京や奈良の
お寺で休みの日は
過ごすことが多いのですが
一瞬の風は確かに感じるの
ですが
よく解らないのです。

じっと仏様と対峙してますと
救いのまなざしを
貰うのですが
煩悩が深いためか
一歩 外に出たら
瞬時に消えてます。

最近よく思います
己は多分
何も見えないまま
同じところを
風車のように
まわるだけ

その反面の道化が
このHPの一部に
なっているのかも
知れません

醜く
年だけが季節と
同行しています。

     
         kaze

風の旅・雑感

なにかもとめて
かぜをまつ
から から からん
かざぐるまが
からまわりしてる


つぎ

もどる

はじめ

NARA DAIBUTU