令和2年11月号(第124号)     トップページ  年月別リスト 地域別リスト
門司港
MOJIKO
 福岡県 北九州市門司区西海岸1丁目 ほか 北九州市門司区HP

関門”ノスタルジック”海峡HP

 門司といえば関門海峡に面した町のため、古くから港町として栄えていたように勘違いしていたが、江戸時代には北前船の寄港地だった対岸の下関に賑わいを奪われ、門司は小さな漁村に過ぎなかったそうである。
 しかし明治後期はいり、筑豊炭田から産出する石炭が国の重要産業になってから、その輸出港として重視されるようになってから急速に発展し、大正から昭和にかけて門司港周辺には政府関係の機関や商社・銀行等が次々と進出し町の全盛期を迎える。
 しかし昭和17年に関門鉄道トンネルが開通したのに続いて戦後、関門国道トンネルさらに高速道路の関門橋が開通し、また筑豊炭田の衰退が重なり、貿易港としての位置づけは急速に弱まって行く。それとともに町も衰退していった。
 このような状況を立て直すために企画されたのが「門司港レトロ」地区の整備による観光振興である。町の最盛期に建築されたレトロな近代建築と関門海峡の変化に富む自然景観を生かした町づくりが進められ、順調に成功をおさめているようだ。

@門司港駅 A旧 大阪商船 B旧 門司三井倶楽部 Cはね橋  
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  @門司港駅 大正3年に開業した木造建築。国の重要文化財に指定されていて、駅舎建築として重文指定を受けているのは東京駅と門司港駅のみである。平成313月に保存修理工事が完成し蘇った。木造建築でありながら空襲の戦火によく耐えたものだと思う。
A旧 大阪商船 大阪商船の門司支店として大正期に建築された。とても支店とは思えないほどの力作である。明治後期から昭和初期にかけての門司港は大陸進出のための拠点港として最盛期を迎えていたようで、その社会的背景が感じられる建物だ。

B旧 門司三井倶楽部  大正期に、三井物産門司支店の迎賓館や宿泊施設として、門司港東方の山の手住宅街に建築されたものを、平成に入ってから門司港レトロ地区に移築された。三角屋根とハーフティンバーでデザインされたシックは建物で、現在はレストランやミニ音楽ホールとして活用されている。

Cはね橋 「ブルーウイングもじ」と名付けられた歩行者専用のはね橋で、門司港レトロ地区の観光用モニュメントとして整備された。午前10時から午後4時まで毎時00分ごとに開閉され、関門橋と関門海峡をバックに、ダイナミックな景観を創り出している。