あなたを生かす聖書の言葉

2025年10月19日(投稿)

今週の聖句    詩編74

「なぜ、手を引いてしまわれたのですか/右の御手は、ふところに入れられたまま。」

(詩編74:11) 

 多くの人の利き腕は右手です。その右手がふところに入れられたままということは、利き腕を使わない、又は使えない、従って、本来の力を発揮できないし、発揮していないということです。上記の11節の言葉は、神は御自身の聖所である神殿と御自分の民に対する働きかけをやめてしまって、今はもう働いてはおられない、働くのをおやめになってしまった、そのように思わずにおれないということを言っている言葉なのです。

実際、神に「刃向かう者」(4,10)は、傍若無人ならぬ、傍若無神の様相を呈する狼藉を働いていました。彼らは、神の民を侮り、嘲り、辱めていました(1821)。それだけではなく、「聖所に火をかけ/御名の置かれた所を地に引き倒して汚し」(7)、「聖所のすべてに災いをもたらし…至聖所の中でほえ猛り、自分たちのしるしをしるしとして立て」(34)たのです。「しるしを立て」たということは、ここは自分たちの領域であることを示す ( のぼり ) のようなものを立てて、支配者・主権者であるかのように振る舞っていたということです。この詩編では、何度となく、「永遠」、「永久」という字が使われています(1,3,9,10,19)が、それだけ、神に刃向かう者が永遠にのさばり続けることになると思う人が少なくなかったということでしょう。実際、この世は、この詩編の時からずっと変わっていないと思えるのです。今でも同じような傍若無神な振る舞いをする者が、力をもって臨んでいるように思えるのです。

しかし、彼らは永遠ではありません。「いにしえよりのわたしの主」(12)が永遠なるお方です。実際、その主なる神は竜、レビアタンに象徴される混沌、そして罪と死の力を、御子の十字架と復活において打ち砕き勝利し給うたのです。その主への信頼を新たにして、わたしたちは、御名をこそ称え続けるのです。

京都大宮教会 牧師 渡邊宣一

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