大阪高楠剣朋会 創立40周年記念特設サイト

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1.ご挨拶  2.記念式典開催報告 3.写真館   4.指導者・一般会員寄稿文 
5.幼児・小学生寄稿文 6.中・高校生寄稿文 7.協力会員寄稿文  
      
1.ご挨拶

「創立40周年を迎えて」

大阪高楠剣朋会 会長 隠岐 洋之助 

 創立40周年を迎え、ご同慶に存じます。

振り返ってみますと、昭和476月に、故山口照男先生のご尽力により、高槻小学校の体育館をお借りして、稽古を始めたあの日から、実に40年という長い年月が過ぎました。この会にとって山口先生は忘れる事のできない人であります。
 さらに、この創設にあたっては、初代会長 故山口廣先生、第二代会長故甲斐 一先生、第三代会長 故山田義憲先生など大先輩の皆様が一致ご協力されて設立されたのでありました。また今日までの会の活動を底辺から支えて頂いてきた、沢山の数えきれない協力会の皆さんの日夜に亘る地道なご協力のお蔭で40年という長い年月活動を続けてくることができました。

 今日まで、当会がこのように活動できましたのは、むろん私どもの力だけでによるものではありません。高槻市剣道連盟、高槻市スポーツ少年団をはじめ、市内外の数多くの剣道クラブの剣友の方々のご指導ご鞭撻のお蔭であります。この機会に厚く申し上げると共に、今後共倍旧のご指導をお願い申し上げます。
 これから更に皆さんと一致協力して剣道の修練を通じて子供達の健全育成と地域社会の生成発展のために尽力していく所存であります。

 何卒関係各位の皆さんのご協力をどうかよろしくお願い申し上げます。


2.記念式典開催報告  
(1)招待親善試合(平成24年6月10日、高槻市総合スポーツセンター中体育館にて)
・参加チーム数 小学生 13チーム 中学生 9チーム
・試合結果 小学生 優勝 大阪高楠剣朋会A 準優勝 五領剣道クラブ 三位 南高槻剣真会 今城柱本剣友会
        中学生 優勝 高槻正剣館 準優勝 北摂トレーニングセンター 三位 松が丘剣友会 南高槻剣真会
当日は多くの皆様方にご参加を頂きありがとうございました。厚く御礼を申し上げます。

(2)演武祭(同 上)
当会兄弟クラブである湖西剣道クラブの皆様にもご参加を頂き、チーム別対抗試合、地稽古を行って親睦を深めました。
また、前回35周年以降の四段以上昇段者記念表彰を実施しました。

(3)祝賀会(夜、高槻現代劇場にて)
会員及び協力会員のOB・OGの方々に多数ご参加を頂き、大変楽しく盛り上がった宴となりました。
  
 3.写真館    
    
念式典当日の撮影写真はこちらをクリックして下さい。また、開会式の選手宣誓シーンはこちらを、招待親善試合小学生の部 決勝戦の動画はこちらをクリックしてください。   


4.指導者・一般会員寄稿文
「高楠剣朋会と共に」

剣道教士七段 遠山 忠治

高楠剣朋会創立40周年誠におめでとうございます。

創立当初5年間は、協力会で関わり、故山口先生からの勧めで私自らも剣道を始めることになりました。46歳の手習いでした。諸先生方の丁寧な手ほどきを受け、正しい剣道の基本を教えていただき、夢中で稽古に励みました。お陰様で順調に昇段することができました。去年80歳になるまで35年間楽しく稽古できたことを有り難く思っております。剣道のお陰で多くの剣友と知り合い色々な事を学ぶ事ができ、日常生活で非常に役立っております。本当に剣道をして良かったと喜んでおります。

 後期高齢者の仲間入りで、自動車の運転をやめた為、稽古の量が激減しています。残念ですが、剣道は一般的に言われる「掛け算」と同じで、「質と量の掛け算」で結果が出るものであるので、私の場合、量が足りないならば、今後は質を高めて生涯剣道につなげて行かなければならない。と気持ちを切り替えるようにしています。それには応じ技を身につける稽古に取り組み、私の苦手な胴打ちを剣友の皆様からご指導頂き、剣道を進化させて行きたいと思います。
どうぞよろしくお願い申し上げます。

そして将来を担う子供達、次世代の剣道人口の維持、拡大に少しでも貢献し、高楠剣朋会50周年まで日々精進して参りたいと思います。

高楠剣朋会の益々の発展をお祈りいたします。

「高楠剣朋会と共に」

剣道教士七段 蔵前 修 

高楠剣朋会創立40周年、誠におめでとうございます。

一口に40年と言っても、長いようでもあり、あっと言う間の出来事のように思えます。

 今年3月末に、私は75歳の誕生日を迎えました。後期高齢者の仲間入りをした訳です。年寄りになったと思うものの、剣道を続けているお陰で、健康な状態を維持できたのだと思います。

 大学入学と同時に始めた剣道を、社会人になってからも長い年月続けてこられたのは、高楠剣朋会があったからに他なりません。高楠剣朋会に巡り合って40年、その時々の先生方から的確なご指導を受け、今日に至りました。、また良き剣友の皆様と、時には厳しく、時には楽しく剣の修練ができたことも、私の剣道人生にとってかけがえのない貴重な宝物と考えます。今後、いつまで剣道を続けられるか分かりませんが、健康に留意し、意欲を失わず、年齢にふさわしい剣道を求めて歩んで行きたいと考えます。(生涯剣道)

 最後に、高楠剣朋会の更なる発展45周年、50周年へと末永く、益々発展されることを祈念いたしております。

「高楠剣朋会と共に」

剣道教士七段 長澤 代 

 私と高楠剣朋会との出会いは、娘が剣道を始めた小学校の一年生の時でした。

高槻小学校の体育館に娘を稽古に送って行き、そして剣道の練習を見たのが再開するきっかけでした。10年ぶりの剣道との出会いです。それから約30年、今に至っている次第です

 当初少年剣道の指導をするに当たり、その当時の先生方にいろいろ教えていただきました。私の剣道への記憶は中学から大学まで剣道部に在籍し、試合中心のきつい練習と厳しい上下関係でした。今では懐かしい思い出です。しかし少年剣道の指導に対してはそれまでの剣道とは取り組み方が違いました。指導は本当に難しいものです。考えれば指導する中で、子供達と共に自らの剣道も成長していったと思っています。会では小学生低学年から剣道の所作、礼儀から入ります。そして剣道の基本の技術を順次段階を踏んで指導してゆきます。

その中で故山口先生から指導の基本を教わりました。それは“やって見せて、やらせて見せて、誉めてやる”この言葉です。これは海軍大将の山本五十六が言った言葉らしいです。軍隊のあの厳しい規律の中でもそのようなやり方をしなければ、人を指導できないと言う事です。少年剣道の指導の中で大事な事は厳しくそしてやさしくそれから楽しく、これが大事な要素だと思います。厳しさがなければ優しさも感じません。楽しいだけでは結果はでないものです。

指導する事に必要なものはまず熱意です。それから技の反復練習と長い目で見てやることです。これらは私が今まで指導する中で感じたことです。それともう一つ教え過ぎはあまり良い結果を残さないと思います。“見よう見まね”と言う言葉があります。昔は基本を教えると防具を付けて先生に掛かっていくだけでした。その中で考え、体で覚えることが一番の早道だと思っています。また上手な人の稽古や試合を見学させることも指導する上で重要なことです。これらのことを我慢強くやってゆくことが指導の原点だと私は思っています。

 剣道は死ぬまで修行です。子供たちが高楠剣朋会から旅立って大きく成長している姿を見るのは嬉しいことです。
 最後に私自身も高楠剣朋会での30年間、甲斐先生、吉村先生、山口先生その他多くの先生方にご指導いただきました。そしてこれからも歴史ある高楠剣朋会の若い先生方も次世代の子供たちに剣道を通じてまた新しい歴史を積み重ねていって欲しいと思います。


「大阪高楠剣朋会と共に」

剣道教士七段 野間 晃  

 大阪高楠剣朋会創立40周年おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。創立昭和47年・・・。私が5歳の幼稚園児だった頃・・・。改めて歴史を感じております。簡単にこの40年を語れるものではありませんが、創立から隠岐先生を中心にその当時の年代に携われた先生方や協力会の皆さまの継続した積極的な活動の賜物であることは間違いございません!また近年では岡本さんの手厚いホームページの相乗効果もあり、現在(3月時点)で高槻26団体中最も会員数が多い道場となっています。私自身その道場に所属させて頂いている事の誇りと伝統を感じながら日々指導と稽古に励んでおります。

 この道場にお世話になって6年目になります。まだまだ経験は浅いですが剣道を通じて「やる気の原点は目標にあり!楽しみの原点はプロセスにあり!喜びの原点は結果にあり!」この原点を数多くの高楠剣士に経験してもらい大いに成長させたいと思います!そしてこの歴史ある大阪高楠剣朋会の更なる発展に貢献し、次の40年へ繋げていきたいと思う!高楠剣朋会バンザイ!!


「私と剣道」

剣道錬士七段  岡室 計吾 

 私と剣道との出会いは16歳。剣道部が創設され何となく入部したのが始まりです。練習は校舎屋上のコンクリートの上。足の痛みを覚えてないのは靴でも履いていたのだろうか?。だんだん面白くなり西警察署内西剣友会にも入会し、基本を習えたのは今から思えば、幸運でした。21歳で四段を貰いましたが、社会人になり何かと多忙の為、あまり熱心ではありませんでした。40歳半ば高楠に入会し、多くの仲間の刺激を受け、再度剣道上達への炎が燃え上がったのです。その後、順調とは云わないまでも、五段、六段を6年で貰う事ができました。さあ次は七段!ますます稽古に熱が入り回りをあきれさせましたが、七段は簡単に取れなく、何度もめげそうになったものです。昇段審査9回でやっと合格。思い返せば、無心を心がけ、相手の動きが終始見えていたのです。

 剣道と会の仲間への感謝と共に、高楠剣朋会がますます発展していく事を祈っております。

大阪高楠剣朋会創立40周年に当たって

剣道錬士七段 藤川 五郎  

 大阪高楠剣朋会創立40周年おめでとうございます。これまで当会の運営に携わってこらました先生方、また協力会のお母さん、お父さん方に心から御礼申し上げます。

 私は当会が発足したときからお世話になっていましたが、転勤のため16年程離れておりました。しかし平成44月に復帰し、今日に至っています。私は今年で65才になりますが、剣道人生の大半を当会とともに過ごしたことになります。入会当時、段位は3段だったと思いますが、それから三十数年後ようやく念願の7段に昇段することができました。才無き私ですが、当会で良き師、良き剣友に恵まれ、これまで剣道を続けられたことが昇段の大きな要因であったと思います。

 最近剣道界では生涯剣道という言葉がよく話題になっています。しかし我々の世代では年齢とともに体力が衰え、身体も「あっちが痛い」「こっちが痛い」と悲鳴を上げてきており、稽古を続けるのが困難な状態になってきています。しかし当会の諸先輩方が元気に稽古をされているのを拝見し、自分も頑張らなければと励まされています。
 

 剣道は「剣の理法の修練による人間形成の道」であり、終わりのない修業の道です。これからも、生涯剣道を目指し高楠剣朋会の子供達から年配者まで全ての会員の皆さんと共に楽しく、真摯に稽古に取り組みそしてできるだけ永く稽古が続けられるよう頑張りたいと思っています。

「高楠剣朋会とともに」

剣道錬士六段 津村 新作 

高楠剣朋会創立40周年おめでとうございます。

 私は昭和61年に42歳で入会しました。当時は小学生が各学年7名〜8名くらいの会員がいて、団体のメンバーに入るのに、皆必死で稽古していました。年に2回金胴争奪戦(各学年別に勝った人が金胴を貰う)の各学年リーグ戦があり、優勝すると金胴を付けて、団体戦のメンバーに入れます。高槻市の大会では団体、個人戦とも優勝は準優勝するくらい強かった。高楠の金胴と恐れられていました。

 近年になり、少子化が進み、高楠剣朋会の小学生会員が少なくなって、試合になかなか勝てなくなりました。夢を再び、強かった頃の高楠の子供たちのように強くなって貰いたいと、どうすれば強くなるか指導者で相談して、金曜日の練習は、基本稽古重視にしました。

 平成22年に隠岐会長と相談して、会長杯争奪戦を行うことになりました。春と秋に開催することによって、試合経験を積み、競争心が芽生えるようにとの期待を込めて。小学生防具組が全員参加し、リーグ戦を戦い、優勝者には皆が欲しくなるような立派な優勝カップを用意しました。持ち回りのレプリカには、第○回優勝とプレートに名前を付けて渡します。審判は若い先生が担当して、審判研修を兼ね、子供と社会人の勉強の研修の日です。

 剣道は、勝負を争う競技ですから、どうすれば勝てるかを考えて稽古しなければいけない。そして、一生懸命に休まず頑張れば、忍耐強い心の強い人間に成れる。 みんな頑張ろう。

「高楠と共に親子で25年」

剣道錬士六段 渡邉 智明

大阪高楠剣朋会創立40周年、誠におめでとうございます。

 長男が幼稚園の頃、親子で入会させていただき、続いて次男、三男もお世話になって早や25年、私も60に手の届く歳になりました。

 昔はこんな筈でなかったのに、と体力の衰えを感じつつ、他人には悟られまいと気ばかりが先走り、軽い剣道で悩みの多い今日この頃ではありますが、高楠の先生方の熱心なご指導のお蔭で、私も三人の息子達も楽しく剣道を続けることが出来、今があることを心から感謝いたしております。

 また、剣道を通じて学んだことは社会に出た息子達のこれからの人生に大きな力となって活かされて行くであろうと確信しております。

 私も体力の続く限り稽古に励み、若者の育成のお役に立てればと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。

「大阪高楠剣朋会とともに」

剣道錬士六段 南澤 邦人 

高楠剣朋会創立40周年に辺り一会員と致しまして心から御慶び申し上げます。私も入会して30年に成りますが空白期間が10年位有り余りお役に立てず心苦しく思っております。今後も微力ではございますが45周年を目指して協力させて頂きます。宜しくお願いします。

大阪高楠剣朋会と共に

         剣道錬士六段 法花 義久 

 私が当会に入会したのは 確か二十周年が過ぎたころあたりだと思います。初めは、もちろん自分がたまに剣道がしたいからで、マイペースの気まぐれ剣道でした。

 そうこうしている内に、ひょんなことから子供たちの指導の手伝いをすることになり、(当時の子供たちの中には大阪代表として全国大会にも出場する子もいました)そして中学時代主将をしていたことから徐々にのめり込むようになっていきました。
 当時は若かったこともあり また、初めての指導者としておちいりやすい自分で考案した、厳しい内容の指導をしていたと思います。

 昨今は、中段を左前、左足前に構えるなどして慣れない子供たちの身になり考え、初心者に戻ることで、指導時の形容が広がり 自分の剣道も見直せたと思えます。

今後は 唯一 年をとっても長く続けられる剣道の教えの中から 子供たちがこれから歩む長い人生の途中つらく苦しい時でも 楽しさを見いだせるということを 剣道と共に子供達に伝えられるように 頑張っていきたいと思っているしだいです。

「伝統」

剣道六段 杉田 敏裕  

大阪高楠剣朋会創立40周年おめでとうございます。お祝い申し上げます。

と同時に40という数字は私の年齢と同じで、伝統ある会に対しておこがましいですが同期生という思い入れがあります。

 高楠に復帰させていただいて早や5年。その5年前の35周年の時、N先生と日本剣道形をやらせていただいたのですが、お互い失敗?し、いつかはリベンジをと思っている次第です。

 改めて、この伝統ある会に参加させていただいて思う事は、私達剣道愛好家にとっては、色々な意味で分け隔てなく楽しく稽古をさせてもらっている事に感謝しております。

 そのような雰囲気作りは過去の先生方の、お人柄が、この会の伝統を築きあげたのでしょう。私も、先人の方々の意思をつぎ精進していきたいと思います。

 最後に私事ですが、今年思いもよらぬ六段に合格させていただきました。(これを書いている時点では、形で落ちて合格していないんですが)

 この文集が出来た時には合格していると信じて書いております。

「高楠剣朋会とともに」

剣道五段 津島 晋治郎  

大阪高楠剣朋会の創立40周年記念を迎えるにあたり誠におめでとうございます。

 私が高楠剣朋会に入会したのは44歳、昭和63年で長男・次男の入会をきっかけに剣道の練習を再開して15周年、(20周年は転勤の為、平成2年〜5年の3年間退会)、から今期の意義のある40周年を迎えて当会と共に約21年間も続いています。
 親子3人が2回に渡り当会に入会して、親子で剣道を学んだ期間は息子達が中学生迄の短い間でしたが剣道を学ぶ良き環境に恵まれた事を忘れず感謝しております。

 平成1412月、東京への単身赴任を余儀なくされて、稽古が半減する中で還暦を迎え、平成216月、会社を円満退職し約6年半の単身赴任を終わりとしました。

 生活環境が様変わり、66歳第2の人生!やりたい事の一つ「生涯剣道」です!

 高齢者の6年半の稽古不足は大変です!高楠剣朋会を主体に各剣道団体、会等に機会ある毎に参加して稽古に励み、約2年間で体力・気力等は年齢相応の状態に復活する?

 高齢者ゆえ?「基本を忘れ楽に当てようとする稽古に終始?の悪癖が身についた」?感がしています。悪癖の一つ一つズバッ・ズバッと切り捨てるべく、苦慮しています!

 これからも高楠剣朋会と共に剣道の修練を続けていきます!子供たちには指導内容が自分自身は正しくできているのか?自問自答の機会を得ながら(基本練習を反復し)、多才な指導者の先生方には適当な指導を頂きながら(悪癖をズバッと切り落とす??)、高齢者の「生涯剣道」に挑戦しています!

宜しくご指導・ご支援をお願いいたします。

「大阪高楠剣朋会とともに」

剣道五段 田居 俊宏  

創立40周年おめでとうございます。会員数も増加し、心強い限りです。

小学校低学年の次男の入会が、若い頃にご指導頂いた先生方との再会により、父子でお世話になり早21年となりました。年配の先生方と同様に息子達に取り残された高齢者層の一員です。

 昨年9月に癌を宣告され、12月に手術。剣道とは縁が切れるかなと思っておりましたが、おかげさまで3月に復帰できました。療養中、自分にとって剣道の目的は何かを考えました。心身の鍛練、稽古後のおいしいビール?結論は気力を養う事でした。古いお経に‘人として生まれること難しく、限りある命、いま、ある命は有難し’という一説があるのですが、大事な命を全うする為には気力の充実が大切だと痛感しました。何事が起きても気力が充実すれば克服できます。剣道を気力充実の鍛練の場としてこれからも続けたいと病み上がりで再認識した次第です。

「大阪高楠剣朋会創立40周年記念に寄せて」

剣道五段 伊良皆 和雄 

剣道を初めて16年。剣道を始めた頃、娘は未だ中学生で一緒に稽古し、時々娘と試合稽古をやりましたが、全く歯が立たず1本も面が取れず悔しい思いをしました。娘に当時の話を聞きますと「負ける気が全然しなかった」と、今も思い出し談笑しています。

 金曜日の稽古では、隠岐先生の御指導により子供達の基本稽古の手伝いをさせて頂きました。子供達が数人の時もありましたが、先生は「継続する事が何より大事です。続けましょう。」と話され稽古に励んだ事を肝に銘じています。
 
 昨年からは、一般新人の指導を担当しています。「初心者ほど手先で打って足が伴わず全ての打突は足が基本である。」この教えから初心者の人には、解り易く指導する様に努力し、稽古に励みたいと思っています。

 「日々是稽古」隠岐先生の言葉です。

「高楠剣朋会と共に」

剣道五段  渡邉 育真

高楠剣朋会創立40周年おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。父と兄が剣道をやっていたので、物心ついた頃から練習を見ていました。4歳になると私も高楠剣朋会で剣道を初め、はや21年。お陰様で今でも剣道を続けさせていただいております。

 小さい頃の思い出は金胴杯と長澤先生が怖かった事です()金胴を着けている兄の姿が格好良く私も金胴をつけるために必死で頑張り、勝ちたいという気持ちが強くなりました。

 稽古では主に長澤先生、父親に厳しく指導していただきました。そんな厳しかった先生と今ではお酒を酌み交わし、剣道では負けますがお酒では負けません()

 今後は子供たちの指導にも目を向け、指導者という立場で私自身も成長させていただけたらなと思っております。
 高楠剣朋会40週年を迎え、素晴らしい先生方と素晴らしい環境で剣道させていただけている事に感謝し、指導者としても役に立てる様、努力していきたいと思っております。

40周年に寄せて

          剣道四段 岡本 昭彦 

大阪高楠剣朋会創立40周年おめでとうございます。子供と共に当会にお世話になり早や9年、今も親子で剣道を続けられていることをとても嬉しく思います。

 前回35周年からの5年間を振り返れば、子供たちの戦績は今一つながら「勝ちたい!」との気持ちを持ちつつみんなが本当に剣道を楽しんでいることを大変嬉しく頼もしく思います。今春卒業した新中1生・新高1生がみんな自然に剣道を続けていくことは共に剣を交えた者として冥利に尽きる次第です。また、自らの剣の道は己の能力不足・稽古不足で遅々として進みませんが、素晴らしい方々との交流は生活に欠かせない潤いとなっています。このような素晴らしい場を与えてくれた当会及び皆様方に深く感謝する次第です。

 今春から中学校の授業で武道が必修科目となりました。より多くの少年少女たちに剣道を体験して貰ってその底辺が広がることを期待しています。そして「交剣知愛」の精神の下で自己研鑽に励み、互いに切磋琢磨した有為の人材が当会の次代を担って次の45周年 、更には半世紀の歴史を刻む50周年を盛大に迎えられることを願ってやみません。

「大阪高楠剣朋会と共に」

剣道四段 澤崎 行洋 

大阪高楠剣朋会創立40周年おめでとうございます。まずはお祝い申し上げます。

40年という歴史の重みと先達、諸先生方、協力会の皆さまの熱い思いを感じるとともに、自身が一員であれたことに幸せを感じます。

また、三年間という短い期間でありましたが、名門道場の指導員に任命いただけたことを誇りに思います。

何事も、始めることは簡単、続けることは難しいと言われますが、高楠では「剣道を続けることの楽しさ」を学ばせてもらえました。

しばらく休会することになりますが、また皆さんと剣と盃を交わせることを楽しみにしています。心より感謝申し上げます。

「高楠剣朋会とともに」

剣道四段 岡室 勝幸  

私の家では、父(計吾 (ヒミツ))、息子( 10)、が私共々高楠剣朋会に入会しており、最近では娘(優里 7)がお試し入会しています。特段、私の父も剣道一家を目指した訳ではないのですが、私の父は仕事から一線退いたあとは(これ幸いとばかりに)剣道に勤しみ、私は仕事のストレス解消の一環として、息子は心身鍛錬のため(病弱だった息子も近年は少したくましくなりました)

各々目的は異なりますが、剣道に励んでいます。

 私自身は高楠剣朋会の稽古では、小学生の子供たちを教えることもありますが「教えることにより教わる」という貴重な経験をさせていただいています。また、剣朋会の先生方や仲間、協力会との皆様と様々な方と接する機会があり、仕事一辺倒だった私の生活に新鮮な刺激を与えていただいています。

 今後も大阪高楠剣朋会の発展のために及ばずながら共に頑張っていきたいと思います。 次は50周年、60周年・・・といつまでもこのあゆみが止まらないように、今後益々の発展を皆さまと共に築いていけるように!!!

「高楠剣朋会と共に」

剣道四段  横山 智洋

大阪高楠剣朋会創立40周年記念を迎えるにあたり、誠におめでとうございます。

貴会にお世話になり始め、もう8年目を迎えようとしています。入会当初に比べると、「剣道」に対する取り組みも随分変わってきました。これも偏に剣道を通じて、様々な人達と出会い、学び、体感する事で覚え、その機会を与えて下さった貴会のおかげと感謝いたしております。

 いつまでも剣道を楽しく、人と人との繋がりを大切に、「交剣知愛」をモットーに日々精進する事。簡単な様で難しい事ではありますが、人生の目標として大切にしていきたいと思います。

 広い世界の中で偶然出会えたこの環境に、11秒と与えられた時間を共に歩める事を心より感謝し、益々のご発展をお祈り申し上げます。

高楠剣朋会とともに

剣道四段 門脇 詳 

  剣道との出会いは朧ながら、自分から始めると言ったことは、鮮明に記憶にある。幾度となく嫌になり、それでも不思議と続けてきた剣道。そしてこれは何時しか人生の最も大きな柱の一つに成っていく。

 彼此三十数年、剣道と共に歩んできた。人生の転機も、苦難も、歓びも、出会いも、別れも、発見も・・・振り返ると、これら全てが剣道に通じ、嗚呼、「道」なんだと心の底からそう思う。

 そして、剣道は自分のためから、自分を育ててくれた剣道のために変遷。ここ高楠で、自分が剣道を始めた頃の子供達と共に稽古ができる機会を与えてもらった、この幸せたるや。教え、教えられ多くを学ぶことができる。「稽古とは、一より習い十を知り、十よりかへるもとその一」千利休の言葉が身に染みる。

 剣道家として、修行の一歩をここ高楠で踏み出すことができる喜び。四十周年の慶祝と感謝を思い、今日もまた竹刀を握る。

四十周年によせて

 剣道三段  橋本  剛

 大阪高楠剣朋会にお世話になって七年になりました。数々の思い出がありますが、鮮明に残る記憶は、なぜか、小手の痛みに床をのたうちまわる長女、試合に負けてふてくされる長男、泣きながら試合を続ける次男、昇段できない自分、といった光景です。
ですが、先生方のご指導・ご尽力とともに、剣道への情熱(週末は剣道が基本?)、妻のバックアップ(否、強力な牽引)により、剣道を続けています。それゆえ、我が家の食卓では、常に剣道談義が花を添えています。我が家は「剣道・高楠剣朋会」を媒体に成り立っているといっても過言でないかもしれません。我が家に充実した時間を与えてくれている高楠剣朋会に感謝するばかりです。

「一期一会」。高楠剣朋会の四十周年にあたりこの言葉の尊さを感じました。各世代の一つ一つの出会いと高楠剣朋会への思いが継続させてきたのだなと。高楠剣朋会との出会いに感謝いたします。今後、当会の継続力にあやかり、自身の生涯剣道を通して稽古に励み、多くの「一期一会」を大切にしたいと考えています。

 大阪高楠剣朋会の創立四十周年、おめでとうございます。心よりお祝い申し上げます。

「高楠剣朋会40周年に寄せて」

                            剣道三段 佐野 吉弘

40周年誠におめでとうございます。子供共々お世話になって8年、小学1年生と2年生だった子供が中学三年生と高校生になりました。ここに至るまで親子3人が何とか剣道を続けてこれたのは、先生方の厳しくも親身なご指導に加え、当会に関係する全ての方々に見守って頂いたおかげだと感謝しております。

一つのことを愚直なまでに突き詰めて継続していけば、平凡な者が非凡な者に変貌を遂げていくことが多分にあります。「ウサギとカメ」の話にも通じることがあり、子供たちには剣道を通してそういうことを自ら体験し、成長して欲しいと願っています。

そのような修練の場を提供していただいている当会が50年、60年と更に成長発展していくことを祈念致します。

5.幼児・小学生寄稿文 (名前はイニシャルで記載しています)   
 ぼくとけんどう

幼稚園年長組 M.T. 

しあいでいっぱいかてるりっぱなおとなになります。

ぼくとけんどう

小学1年生 O. K. 

これから、けんどうがんばります。

ぼくとけんどう

小学2年生 K. R. 

パパとおなじようにつよくなりたいです。そのためにすぶりをがんばります。

ぼくと剣道 

小学2年生 M. Y. 

 ぼくはさいしょおにいちゃんの稽古を見ていました。

 ある日、つ村先生にさそわれました。そこから、剣道をはじめました。きほんぐみでいろいろなことを学びました。すり足や、ちょうやくすぶりなどです。

 ようちえんの年ちょう組からはじめて、四月から二年生になります。かたのれんしゅうもしていて、そろそろぼうぐもつけます。
 これからも剣道をがんばっていきたいです。

ぼくと剣道

小学3年生 H. T. 

 ぼくが剣道をならいはじめたのは、年長のおわりぐらいです。お父さんが剣道をしていたしぼくもチャンバラごっこがすきだったので、剣道をならいたいと思いました。ならって見てチャンバラとはちがったけどすきになりました。冬の稽古はすごく足も手もつめたかったけどがんばりました。ぼくにとって剣道は、つらい時もあるけど楽しい時もあります。もうすぐ面をつけて稽古するので楽しみです。強くなりたいのでいっしょうけんめいがんばります。大人になっても剣道をしたいです。

ぼくと剣道のひみつ

小学3年生 F. K. 

 けん道をはじめたきっかけは、れいぎ正しくできるようになるために、ならいはじめました。はじめは、ちゃんとできるか心ぱいでした。でも、けん道をじっさいにしているところを見たら、さむらいみたいでかっこいいなと思いました。けん道でしんどいところは、ふっきんやうで立てふせをすることです。なぜなら、何回もしないといけないし、とくにぼくはするのがおそいからです。ちょうやくすぶりもたいへんです。なぜなら、何回もやり直しして、すぐにいきが切れるからです。でも、しんどいことばかりでなく、二千十二年一月八日にした新年会はとくにさい高でした。なぜなら、みんなでおにごっこをしたからです。これからは、ちょうやくすぶり3百本にちょうせんしたいと思います。

ぼくと剣道

小学3年生 K. T. 

ぼくが剣道をはじめたのは1年生の春からです。その時は学校の友だちが二人習っていたので、ぼくも始めることにしました。そして、習いはじめてから早くも二年が経ちました。二年の中で一番うれしかったのは、高なんの大会ではじめて、どうメダルをとれたときです。本当は金メダルをほしかったけど、はじめてのメダルなのでだいじにしています。

 一番楽しかったのは合しゅくです。みんなで食べたやき肉がおいしかったです。 一番くやしかったのは、高つき市の大会で、一回もかてなかったことです。つぎの大会ではかちたいです。だから、もっともっと練習して、強くなりたいです。

わたしと剣道

小学3年生 T. K. 

 わたしは、剣道をはじめて一年六ヶ月です。六三四の剣のマンガを読んで、剣道の見学に言って、見たしゅんかん「やる」と言いました。

 わたしが剣道で好きなところは、剣道の心です。剣道をやっていると、気もちが強くなるように思います。だから、今やっている形も、がんばりたいです。形の中でも好きなのは、八本目です。かえす時がむずかしいけれど、むずかしいところがおもしろいです。面をつけるようになったら、先生になげとばされそうです。先生は、楽しみだと言っていました。でも、いくらなげとばされても剣道は、やめません。

 面をつけるようになって、わたしがせい長したところを先生に見せたいです。がんばります。大人になっても先生と稽古したいです。そして、先生からメンをとりたいです。せかい一になりたいです。

「僕と剣道」

小学3年生 M. S. 

 ぼくはちゅうがくせいになってカッコイイと言われるようになりたいです。
れんしゅうはたのしいです。試合でいっぱいかちたいです。         

ぼくと剣道

小学4年生 K. E. 

 ぼくが剣道を始めたのは、年長のときです。ぼくは、剣道が大好きです。でも、練習をしすぎていやになるときがあります。でも、一生けん命がんばって、去年の、会長はいでどうメダルを取れたり、だん体戦で、三位になれて、どうメダルをとれたので、うれしかったです。これからも、練習をして試合でゆう勝することをめざしてがんばります。

ぼくと剣道

小学5年生 O. K. 

 高楠けんほう会は今四十才です。ぼくは十才なので、この会はぼくが産まれる前に約三十年歴史をつくっていたことになるのでびっくりしました。けん道をやっていて良かったことは、心がつよくなっていったことです。でも、かぜで何回も休んでしまったのが反省点でした。これからは、体をきたえてけいこを休まないようにしてもっとがんばっていきたいです。

ぼくと剣道

小学5年生 H. S. 

 ぼくは、剣道を5才から始めました。始めるときとても楽しそうだな。おもしろそうだな。と思いました。き本組の時、先ぱい(O君、お兄ちゃんなど)を目標にして、後から入った子には、ぬかされないぞと思いました。防具を初めてつけた時、あっけっこう重いんだな。と思ったからこれは、けっこうきつそうと思いました。使いなれたけどけい古がきつくて一時けい古にもう行きたくない。って思いましたが、きびしいけい古もだんだんなれて楽しくなりました。試合で始めて入賞した時は、少しくやしく少しうれしかった。決勝戦で負けた時は、くやしくてくやしくてしょうがなかった。次は絶対勝ってやると思った。だけどまた負けてとてもくやしくなった。だけど相手は、ちがうかったけど、ゆう勝できてうれしかった。

ぼくと剣道

小学5年生 M. Y. 

 ぼくは、剣道を一年生から始めました。最初は足さばきがどうしてもがにまたになってしまうのです。ですが、練習してやっとできるようになりました。やっぱりできた時は、うれしかったです。ぼくは、練習が、いやになり、行かない事もありました。そうすると、出来た事も出来なくなり、体も思う様に動きませんでした。毎日の練習の大切さを思い知りました。試合では、まだメダルをとったことがありません。いつかとってみたいです。ぼくは、高楠で学んだ事を生かしてがんばります。

ぼくと剣道

小学5年生 O. T. 

 ぼくは、剣道をやってよかったことは、剣道の試合で三位になったことがうれしかったです。でも、こんどはゆうしょうできるように、練習をしていきたいです。はんたいにくやしかったことは、年下の子に試合や練習試合に負けたことです。だからもっと練習に行ってけいこをして強くなりたいです。

僕と剣道

小学6年生 N. K. 

 僕が剣道を習い始めたころはまだ4才だった。4才でも、お父さんの指導で必死だった。でも、お父さんの指導でちょっとずつうまくなったと思う。初めての昇級審査の時が来た。僕は緊張がおさまらなかった。そして、自分の番が来て、必死でやって、終わった。結果、受かって、九級になった。それだけで、うれしかった。基本組に入った。基本組に入ったら一気にきびしくなり、その上のチームに入っていくのも時間がかかった。だから、兄ちゃんにも教えてもらった時もあった。一年になり、初めての防具組入り。ワクワクした。初めての試合で一年生なのに、団体、個人、どちらも出た。団体戦では、先鋒で出て、結果は初めてだから、三敗し、個人戦は一勝一敗一分だった。3年生の時初めて賞をとった。敢闘賞だけど、初めての賞を取ったから、うれしかった。その後も、剣道を続け、嬉しい時があったり、悔しい時もあった。その時があってこそ、今の自分でいられる。

稽古に勝る天才なし

小学6年生 O. T. 

 ぼくは、はっきり言って剣道がすきではありません。でも試合で勝ったらすごくうれしいし、友達もいっぱい出来ているので今では剣道をやっているのが楽しくなりました。

 4年生と5年生の時、三位を1回ずつとりました。その時は三位で満足していたけど、今は優勝や準優勝をとりたいと思って、がんばっています。

 また、三位をとったのが両方市民剣道大会で両方とも準決勝で同じ人に負けているので 、次はスポーツ少年団の大会で決勝までいけるようにがんばりたいです。

 ぼくが剣道を始めたのは幼稚園の年長の時です。その時のことはそんなに覚えてないので、その時の自分がどういうことを思っていたのかは分かりません。でも、たぶんその時は今と同じで「剣道が楽しい」と思っていたと思います。

 先生は「稽古に勝る天才なし」という言葉をよく使っています。これは言葉の通り「どんな天才も稽古をよくしている人には勝てない」という意味です。ぼくは昔は何の事だかよく分からなかったけど、今ではすごくいい言葉だと思っています。

 6年生になったので練習を休まずがんばりたいです。そして個人戦で優勝できるように「がんばります。」

 6.中・高校生寄稿文 (名前はイニシャルで記載しています)  
 

僕と剣道

中学1年生 I. R. 

 僕は小学2年生の時から剣道を始めました。きっかけは、母のすすめで、高楠剣朋会に見学に行きました。見学をしていて、僕は「カッコイイ」と思い、高楠剣朋会に入会することを決めました。最初は怒られながらも、楽しみながらやっていました。そして、進級テストで合格した時は、すごくうれしかったです。防具を付けて、時間がたつにつれて、練習がきつくなりました。一番つらかったのは、かかり稽古です。先生にかかてはこかされ、竹刀を払われ、めちゃくちゃにされました。でもかかり稽古で足こしが強くなり、打っていくことの意味を知りました。僕は強くなりたいので、試合で勝ち、賞を取っている人にあこがれて、僕もあんなに強くなりたいという気持ちで、つらい練習にもたえてきました。先生方に注意されてきたことを直して、試合に勝てるように、これからも努力したいです。

僕と剣道

中学1年生 H. M. 

 ぼくが剣道を始めたきっかけは、いとこのお兄ちゃんにあります。お兄ちゃんが行っていた中学は、とても剣道が強い学校でした。

 幼稚園の年長さんの時、そのお兄ちゃんが、家の前で、素振りの稽古をしているのを見て、「剣道って楽しそうだなー。」と思い、お母さんに「剣道やりたい。」とお願いしました。お母さんはすぐに許してくれ、うれしかったです。

 剣道を始めるために、最初に高槻警察に行きました。しかし、小学生じゃないと入れないといわれたので、お母さんが幼稚園生でも稽古できるところを探してくれました。そしたらそこが、高楠剣朋会だったというわけです。

 それから七年間、高楠で稽古しました。稽古はしんどかったけど六年生の時には一級を取ることもできました。うれしかったです。また、バーベキューとか、夏合宿など、いろいろな行事も、とても楽しい思い出です。

 中学生になっても高校生になっても、ずっと剣道を続けて行き、将来、八段教士の先生になりたいです。

僕と剣道

中学2年生 T. T. 

 僕が高楠剣朋会に入ったのは、小学四年生の時でした。その理由は、集中力がどうしても、付かないので、入りました。でも、全然集中力が付いていないので、もっと練習を頑張って集中力をつけていきたいです。

 試合で、メダルを取ったのは、一度だけで、それも、銅メダルだったけれど、それでも初めてメダルがとれた時は、とてもうれしかったです。今度は、もっと練習して集中力をつけて、銅メダルよりも良いメダルを取りたいです。

 一級をとった時、同じ学年の人は、先に合格していて、とてもくやしかったです。だから、集中力をつけて、早く初段をとりたいです。

 僕と剣道

中学3年生 S. T. 

僕は小学一年生の時から剣道を始め、毎週のように顔を出していましたが、中学生になってテニスを始めてからは、週に一回しか出られなくなり、稽古の量が減ってしまいました。そのために初段の審査でもあっさり落ちてしまい、二段になった姉がどんどん先に進んでいることもあって、悔しい気持ちでした。これからも稽古に行くことは少なくなりますが、一回一回の稽古に集中して、次こそは昇段したいです。

 また、今年は中学生が5人となり団体戦に出られるので、皆で頑張りたいです。そして、姉にいつも勝てるようになりたい。

私と剣道

中学3年生 H. M. 

 私にとって剣道はいろんなことを学ばさせてくれます。例えば、礼儀のことや自分の人生に関わる規律やルールなどが値します。私はいとこがやっていることをきっかけに剣道を習い始めました。最初の基本組での稽古は楽しかったです。しかし、防具を付けてから稽古がきびしくなり、苦労しましたが、今は、過去の自分を見つめ直そうとがんばっています。学校でも、剣道部の一員として、がんばっています。私のこれからの目標は「一生けん命練習し、くいの残らない試合をすること」です。私も今年は中学生活最後であり、受験生でもあります。だから、今年はより一層気を引きしめて、自分の目標と文武両道を目指してこれからもがんばりたいです。

僕(私)と剣道

中学3年生 N. M. 

僕は剣道を始めて少ししか経っていません。しかしこの少しの間で色んな事がありました。1年生の夏では学校で扱われ、何度も吐きそうになったり、目眩を起こしたりもしました。しかし、その1年の夏を乗り切った御蔭で持久力、筋力共に体に定着していきました。今考えると、その夏がなければ今の自分は無かったと思います。そう思えるくらい自分に剣道が必要なのです。

 高楠剣朋会に入ってからは、学校でやらない練習をするため、学校のクラブ、高楠の中学生と少しタイミングをずらすことが出来たりもします。つまり2つのタイミングの作成に成功しました。なので、現時点での目標は打倒正剣館ですが、来年まで続けていれば目標をインターハイ出場までハードルを上げることができるようになるため、残された半年間で必死に努力します。

7年間の宝物

高校1年生 O. A. 

 高楠剣朋会創立40周年おめでとうございます。

 私が剣道を始めたのは小学校2年生からです。父親に「剣道はただ剣道が強くなれるだけでなく、心も体も強くなれる。」と言われて 、その言葉に惹かれたことがきっかけで剣道を始めました。

 それから私が小学校6年生の時、急に私の闘争心に火がついて、試合は絶対に勝たないといけないという重苦しい気持ちになりました。この頃から負けず嫌いで、試合で負けたらずっと悔し泣きをしていました。しかもこの頃から稽古が厳しくなったので、剣道をする事が嫌になりました。剣道なんて消えてなくなれと思っていた程でした。

 それから中学生になり、私が通っていた高槻一中には剣道部が無かったのでテニス部に入部しました。それで稽古をする機会が減ったせいか、剣道を嫌だとは思わなくなりました。

 そのような中、中学2年生で初段に合格しました。今迄剣道をやってきた中で一番最高の時でした。この時、私は剣道を続けて本当に良かったと思いました。

 小学校6年生の時のように苦しかったこともたくさんありましたが、高楠で過ごした7年間の剣道生活は私の一生の宝物です。

私と剣道

高校1年生 S. A. 

 私が剣道を始めたのは小学校2年生の時です。飽きっぽい私がここまで続けてこられたのは奇跡みたいな感じです。

 中2で初段をとって中3で二段を取ることができました。稽古は疲れるけど楽しいので頑張りたいと思います。

 高校生になったので色々忙しくなるかもしれませんが、これからも剣道を続けていけたらなと思います。

僕と剣道

高校3年生 T. A. 

小学生の頃から剣道に興味を持っていた僕は誰にも伝えることなく、人生を歩んできました。そんな僕は高校で剣道部に入りました。武道は今までやってきたスポーツとはまったく異なり、ハードな競技でした。しかし、その中でも剣道はハードな練習をした時の面をはずす達成感は剣道をやってみないと分かりません。

 高校の剣道部では昔、廃部してしまうのではないかという時期もありました。しかし、今は部員が多くなってきたこともあり毎日がすごく楽しいです。

 僕は剣道をやっていることを誇りに思います。高校を卒業してからもずっと続けていきたいです。 

 7.協力会員寄稿文
 40周年に寄せて」

松本 愛 

創立40周年おめでとうございます。

息子たちがお世話になり3年が経ちました。まだ、やらされている感が抜けない子供たちですが稽古をしている顔や泣きながら先生に立ち向かう姿を見ていると、入会時には見られなかった逞しさを感じます。これも熱心に指導して下さる先生方と良き仲間たちのお陰です。

 四男もいよいよ防具をつける事になりました。いつの日か一人前の剣士になれればと思いその日が楽しみです。
 これからも高楠剣朋会を通じて、色々な方と出会い、多くの事を学び経験できる事に感謝の心を忘れず、成長して欲しいと願っています。

 末筆ながら、会の益々の発展を心よりお祈り申し上げます。

40周年に寄せて」

川上 明美 

大阪高楠剣朋会創立40周年おめでとうございます。

 長男が入会してもうすぐ4年になります。今まで良い仲間と先生方に出会え、「剣道やめたい」「キライ」などの言葉は聞くことなく続けてくる事ができました。今まではマイペースではありますが目標を持ち、彼なりの努力をし、楽しんでやっているように感じます。

 いつも一生懸命して下さる先生方に本当に感謝しております。今後も辛い稽古の時もあるけど、がんばって続け、剣道も精神的にも強くなっていろんな事を学んでほしいと思います。私は剣道を教える事はできませんが見守り、応援する事で力になれたらと思います。

40周年に寄せて」

池田 直美 

高楠剣朋会、創立40周年おめでとうございます。知人の紹介で息子と見学に来てから、5年が経とうとしています。初めは、親子共軽い気持ちで高楠剣朋会をのぞいたのですが、当時小学生2年生だった息子が「やってみたい」と目をキラキラさせたので入会しました。私の内心は正直、すぐにやめてしまうだろうと思っていました。ところが、ほとんど稽古を休まず、コツコツと真面目に取り組む姿は、剣道をさせていなければ、気づく事がなかったかもしれません。なかなか自分を出せない性格の息子が、たくさんの先生方や、仲間たちの中で、芯の強さを見せてくれ、本当に嬉しく思います。これからも高楠剣朋会の中で、人として、剣士として頑張っていって欲しいです。