塼仏・押出仏・漆箔
・切金のお話
「塼仏(せんぶつ)」,「押出仏(おしだしぶつ)」とも中国から渡来した技法です。がわ
が国では飛鳥時代に始まり天平時代で終わりを遂げます。
「塼仏」の製法は雌型(凹型)に粘土を詰め、原型像の形を写し、それを自然乾燥、焼
成させた後下地を施し、乾燥させた下地に金箔を押したり(貼ること)、彩色(絵付け)
したりして、出来上がりです。食品の「たい焼き」は両面の雌型ですが塼仏は片面の雌
型の違いがあります。塼仏は焼成いたしますので当然小型のものしか造れません。逆
に「塑像」の方は大型の像だけに焼成することが不可能でした。
塼仏で金堂などの壁を覆いめぐらし、荘厳(「そうごん」のことですが「しょうごん」と
読みます)された寺院「塼仏寺院」の多くは白鳳時代に造営されましたが現在は1ヵ寺も
存在いたしません。
「塼」とは焼いた煉瓦のようなもので仏像の表現はいたしません。塼や煉瓦を壁材に
使用した建築は中国には多いですがわが国では珍しいです。と言いますのは、高温多
湿の気象条件では壁材は塼より呼吸する木材のような素材の方が適しているからです。
それと、地震、台風の多いわが国では塼造の「鋼構造」より木造の「柔構造」の方が安全
で、その証拠に釘を殆ど使わず木組みの繋ぎ目に余裕を持たせた五重塔の技術が生か
された柔構造の高層建築が「霞ヶ関ビル」です。ところが、超高層建築ともなりますと
柔構造では建物が風で揺れると高層階の住民が船酔い症状になるため鋼構造の建築方
式が技術的には解決されております。
「押出仏」は鎚鍱(ついちょう)仏とも言います。
押出仏の造り方はレリーフ状の型の上に薄い銅板を当てその上から鎚と細かい部分
はポンチ状のもので叩き、原型の凹凸像を完成させます。
現在のプレス加工は雄型、雌型の一体で製作しますが押出仏は雄型のみで行う違いが
あります。精細な部分の表現は出来ず「脱活乾漆造」のように柔らかい感じの像となり
ます。
塼仏と同じように堂内の荘厳にも用いられました。その貴重な遺品が歴史の教科書
でお馴染みの「法隆寺玉虫厨子」で内壁面には4468体の押出仏で埋め尽くされておりま
す。
押出仏は鍍金(めっき)のままかもしくは鍍金の上に一部彩色したりして仕上げます。
押出仏、塼仏ともに一つの型で同じものが大量に造ることが出来る利点があり、東
京上野公園にある法隆寺献納宝物を納めた「法隆寺宝物館」には同じ押出仏が見られま
す。
押出仏は中国・韓国に比べて少ないわが国で「法隆寺宝物館」には数多く収蔵されてお
ります。
塼仏、押出仏共に簡単安価に造立出来ますので単独像では個人礼拝にも用いられま
した。
「漆箔(しっぱく)(うるしはく)」とは原型像の全身に接着剤の黒漆または赤漆を塗り、
金箔を一枚一枚押す技法で金鍍金の金銅像のような出来栄えとなります。「法隆寺夢
殿の救世(寺名はくせ)観音像」は明治まで絶対秘仏として大切に保存されたお陰で金
銅像のような輝きがあり神々しい像となっております。
素材の上に白土を施して漆箔を押しますと輝きを抑えることが出来、黒漆、赤漆の
使用区別も像の表面の輝きに変化を持たせる高度なテクニックです。
漆箔の採用は天平時代には主に木彫像・乾漆像でありますが「鎌倉の大仏さん」は漆
箔で仕上げられております。
余談ですが「銅鐸」には錫が混ざっていたので当初は金色に輝いていたことでしょう。
「銅」の字を見ても金と同じと書きますね。
つい最近まで金を重んじ金歯を入れてお獅子ばりの歯をした方を多く見られました
のに今は全然見なくなりましたのは侘び・寂びの幽玄な世界を愛するわが国だからで
しょうか。
ひよっとすると「如来」は金色に輝くというルールがなければわが国では金箔の代わ
りに銀箔を使用していたかもしれません。
「切金・截金(きりがね)」は切箔とも呼び、金箔を線状、三角、四角に切り、文様
(今で言う模様)を描く技法で装飾効果を高めました。また切金は装飾物をあたかも金
属製のように見せる技法でもあります。
古代は「細金(ほそがね)」と言われていたところから考えると当初は細い直線の切金
が主に使われていたと思われます。切金を採用した現存最古の遺品は飛鳥時代作の
「法隆寺金堂の四天王像」です。南大門、中門などの「幡(ばん)」に染め抜かれておりま
す「文様」は、「多聞天像頭光背」を装飾した「切金文様」です。是非目を凝らしてご覧く
ださい。
作業は金箔に静電気を起こさないよう竹小刀で切るので「箔」は竹冠となっておりま
す。
金箔の厚みは鍍金厚より薄い0.2ミクロン程度という超極薄で、僅かな風で飛ぶた
め厳しい環境での作業を強いられます。大和は盆地特有の冬は底冷えの寒さ、夏は蒸
し暑い気候のうえ、空調設備のない古代ではどんな過酷な環境で作業がなされていた
のでしょうか。
切金は薄い金箔を一重でなく多重に張り合わせて素材の上に丁寧に漆で接着させる
というかなりの熟練の技を要する作業で、このような手間を掛けることによって眩い
華麗な仕上げとなります。私などは初めから多重の厚さにした一重の金箔で良いので
はないかと思いますが、金箔を張り合わせることによって重厚な輝きが出るらしいの
です。
先月、NHK「豪華決定版国宝100選」で人間国宝の「江里佐代子さん」の研ぎ澄ま
された技術を拝見しました。紙より薄くしかも1粍くらいの幅の切金を精密機械の如
く行う滑らかなお仕事振りには感心・感動しておりましたら修業には10年以上要する
とのことでなるほどなあと納得した次第です。江里さんは「切金」でなく「截金」の文字
を使っておられます。
「毘沙門天」は四天王の多聞天が単独で祀られる場合の呼称で「七福神」の一神と言え
ばお分かりいただけるでしょう。お妃は「吉祥天」です。
「毘沙門天像(法隆寺金堂)」の素材は桧の一木造で表面は錆下地に漆箔、切金、彩色
で加飾されております。現在でも漆箔とその上に描かれた文様が色濃く残っているこ
とで有名です。
「宝塔」を捧げる手は造られた平安時代は左手であるのに、同じ金堂に安置されてい
る多聞天像に合わせたのか古様の右手になっています。 |