仏像の見方 |
「仏像の見方」とタイトルを付けてみましたが範囲が広くてうまく纏めることが出来
「仏陀」とは悟りを開かれた人ということで固有名詞ではありません。が、三蔵法師 |
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釈迦は人間の両親から人間の子 |
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時代が下るにつれて、釈迦に聖人としての色んな特徴すなわち人間より優れた特性
世界的な国宝「薬師寺の薬師如来像」は薬師寺に安置されておりますので薬師如来と |
太子(釈迦)が修行中での出来事について記述いたします。 |
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太子は出家のため城を出ました。途 |
太子が帰城しないを知り悲しみにくれております。 |
太子は修行の途中、猟師に出会い |
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儀軌では「釈迦の身長」は常人の倍あり、立像で丈六(約4.8m)、坐像で半丈六 |
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「金色(こんじき)相」とは如来の身体全体が黄金色 |
ガンダーラの釈迦像に赤色塗料が足首の間に残っており |
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修行中の釈迦は髪を |
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ガンダーラ |
マトゥラー |
「肉髻(にっけい)(頂髻)(青矢印)」とは字の如く肉の髻であり髪の髻ではありません。
「螺髪(らはつ)(紫矢印)」とは修行中束ねた髪を解放すると長髪が右巻きに巻いてパ |
「白亳(びゃくごう)(緑矢印)」は眉の上辺と顔の中心の交点にあり、伸ばすと4.5m |
髪の毛、目玉が吉祥色である群青で表わされて |
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左像の眼は「杏仁形」の眼 |
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ガンダーラでは当初の仏像の耳たぶは常人 |
インド、パキスタンの国民は自慢の髭を誇っておりますことから釈迦も王子の時代 |
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薬師寺の本尊・薬師如来像と東大寺大仏台座の蓮弁に刻まれた如来像の胸に「卍」の |
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ガンダーラでは仏像の素材が石材のため破損し易い指先を保護する目的で彫り残し |
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![]() 来迎印(阿弥陀如来坐像・三千院) |
仏の「印(印相)」ですがインド舞踊で物語を多彩な身振りで表現しているのを参考に |
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「頭光」は頭から発する光の表現ですがギリシャのマリア像彫刻の影響でキリスト教 |
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インドでの着衣法には両肩を覆う「通肩(つうけん)」と右肩を露わにする「偏袒右肩 |
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儀軌の「正立手摩膝(しょうりゅうしゅましつ)相」は本来如来の手は直立で下に伸ば |
仏像には「立像」、「坐像」などがありますが大日如来だけはいつも座っております。 |
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釈迦は釈迦族の獅子と言われましたので釈迦が坐る台座を「獅子座」と言います。台 |
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靴を脱いで床上で日常生活をするのは我が国と |
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釈迦如来立像も膝(緑矢印) |
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釈迦は草刈り人が布施する「吉祥草」を受 |
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「四天王奉鉢」とは四天王が釈迦に鉢を奉献 |
供物を入れる鉢が無く途方に暮れておりましたところへ四天王が鉢を持って現れます。
余談ですが中国の薬師如来は薬壺を持つことなく錫杖と宝鉢を持っております。 |
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「優填王(うでんおう)の造像」とは釈迦が誰にも告げず |
東大寺の僧「「然(ちょうねん)」が模刻してわが国へ持ち帰り、京都・「清涼寺」に本尊 |
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インドで唯一の阿弥陀如来像であ |
うち「十八願」はただ一心に「南無阿弥陀仏」と念ずれば必ず浄土へ迎えてもられると インド、パキスタンでは「薬師如来像」は見当たりませんでしたが薬師如来は平安 |
これからは菩薩について記述いたします。 |
ガンダーラでは「菩薩」の宝冠の飾りは欠失して見ることが出来ませんでした。宝冠 |
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平たく大きい「首飾り(緑矢印)」が一本、「胸飾り(赤矢印)」が三本、大きくて豪華な |
余談ですが我が国は観音教と言われるくらい観音菩薩が地蔵菩薩と並んで多いです。た |
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仏の序列は如来、菩薩、天部の順でしたが平安時代からは如来、菩薩、不動明王、 |
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![]() 仙 者 訪 問 |
「仙者訪問」とは釈迦が高名な仙者を訪ね多くの教えを請いながら修行を続けられた
インドで仏教が誕生以前からあるヒンズー教の最高神たる「ブラーフマン」と「インド |
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「クベーラ」はヤクシャの頭領で姿を見ると財宝の神のイメージがありますが守護神 |
「ラクシュミー」はヒンズー教のヴィシュヌ神の妃でした。 |
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「ハーリティー」は夫のパー |
子沢山を表現するため夫妻に纏わりつく子供だけでなく台座に多くの子供が刻まれ |
◎飛鳥時代 |
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◎像形は左右対称を重視しております。 |
余談ですが中華料理のデザートである杏仁(あんにん)豆腐はあんずの種から作った |
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◎白鳳時代 |
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◎「三面宝冠」の三面とは、宝冠が前面、側面の三方の |
法隆寺夢殿の本尊「救世観音像」を開扉させて名 |
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◎天平時代 |
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◎「三面宝冠」の三面とは、宝冠が前面、側面の三方の |
近付いていったことを物語るものです。杏仁形から瞑想するような眼差しに変わりこ |
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画 中西 雅子 |