Digital Design Technology
Accecc(あくせく) Story



Digital Design Technology誕生の歴史(おいおい)。
( 読んで得もしません損もしません、あしからず (^^; )


ちんぷんかんぷん

15才春

学校の情報処理の授業でFORTRANなる言語を習う。プログラム? A=1? SINX? なんのこっちゃ全然わからない。課題はできずじまい。


コアメモリ(イメージ)

15才夏

突然プログラミングに目覚めた私。情報処理クラブに入部し、ひたすらプログラムを作りまくる。暑い夏に電算室は快適。バイオリズムをXYプロッタに出力。
マシンはコアメモリ、ワイヤー配線の大型コンピュータ。コアメモリが電算室の隅っこに飾ってあって、「日本のコアメモリ製造は世界一」と書いてあった。コアメモリってコイル磁石の一種でしょうか。これで1bitを記憶するのです。プログラムはパンチカードで打つ。結果はラインプリンタ。コンピュータは64kワード。なんでも大学のお下がりだそうです。XYプロッタのワイヤーを顎を乗せていて伸ばしたのは私です(既に時効)。


ウソBASIC

15才秋

既にFORTRANを極めた私。次に手を出したのはアセンブラ。しかも大型コンピュータで。友人に教わりながら小さなアセンブリプログラムを完成。何を作ったのかは全く覚えていません。
世にマイコンなるものがあることを知る。NECのTK-80。機械語のみ。16進キーと8桁のLED。RAMは2Kバイトか4Kバイトだったかな。欲しい!! でも高くて買えない。雑誌を読んだり、Bit-inに通ったり。ナイコニスト時代(コンピュータが好きだけど買えない)。既にZ-80の機械語を覚えてしまった。
NECからTK-80BS(BASICが走る)に続きPC-8001が出る。SHARPのMZ80、APPLE-II、コモドールのPET2000、タンディーTRS-80。BASIC全盛期。BASICとアセンブラを知っているのは当り前の時代。Bit-inにひたすら通う。街の電気屋さんにもマイコンが置かれる。機械語をいきなり打ち込んでウソBASICを走らせていたのは私です(懺悔)。


15才冬

PC-8001 アセンブラコード 両親、祖父母に頼み込み、念願のPC-8001を購入。親類・縁者でコンピュータを買ったのは当然始めて。しかも大枚20万円も。でも、雑誌に載っていたゲームばかりを打ち込んでいた。おかげでブラインドタッチは早くなったし、16進コードも独自のキーポジショニングでブラインドタッチ。その技術が今の仕事でちょっと生きていたりする。(^^;
PC-8001は32K-ROMと24K-RAM。プログラムはオーディオカセットに記録。たしか600bpsだったような記憶が。
右の機械語はPC-8001のメモリを全てクリアするハンドIPLです。


18才頃

ポケコンの名機 PC-1251 プリンタが買えないので(当時はドットプリンタで20万もした)、PC-8001を手放してSHARPのポケコンPC-1251を購入。熱転写プリンタとマイクロカセット付き。またBASICプログラミングに没頭。今でも使えます。


20才

高専の研究室でPC-8801に触れる。日本語が出る(グラフィックだけど)。FEPもどき作成に没頭。初めて日本語ワープロなるものを使う。その名も「松」。


22才

暫くプログラムからは離れていたが、企業実習でPC-9801を見てショックを受ける。「なんて早いんだ、なんて字が奇麗なんだ」。実習先の人に頼まれてBASICで簡単なソフトを久々に作る。


23才

大学の研究室でPC-9801Fを使う。BASICもROMからMS-DOSに。インタープリタからBASICコンパイラになる。「ですくわーくしりーず」なるソフトを開発。研究室の仲間や先生が使う。今で言うExcelの様なもの。測定器データを数表にして、プロッタ出力する。大学院の2年間はほとんどこの開発に費やされる。PASCALを知る。分厚い言語解説書を読む。「構造化言語、コンパイラ、レコード」とちょっと高級な雰囲気が近寄りがたい。またC言語も知る。MS-DOSのBIOSに怪しい世界を見る。パソコンゲームにも没頭。麻雀を除く全てのゲームのハイスコアホルダーになる。先生のワープロ要員にも。ワープロは「一太郎」。


25才

韓国籍が禍してか、ちょっと怪しい数値計算の会社に就職。FORTRANでのプログラミングを生業とする。マシンはVAX-11。ワークステーションなるものも触る。Apollo Domain。グラフィックが奇麗、マウスが便利。でもUNIXだったのかどうか。
プライベートではPC-8801mkIIを友人からもらう。CP/M-80でWordStar、TurboPascalを走らせる。TurboPascalは320Kのフロッピーディスク1枚でもコンパイルが無茶苦茶早い。
Digital Design Technology ロゴ
Digital Design Technologyの頭文字'DDT'はこの時に使っていたデバッガ'Dynamic Debugging Tool'からとりました。(^_^)/


27才

就職した会社が倒産し、大手メーカーのソフト子会社に転職決定。その間にちょっとアルバイト。PC-8801mkIIで数値解析データを作って、アルバイト先のPC-9801で読んで、IBMのホストコンピュータに転送。通信回線を使ってスーパーコンピュータCRAYで計算。8bitから64bitまで揃ってました。
転職先ではC言語がメインとなる。大学時代の経験がついに生きる。MS-DOS全盛期。MS-DOSの隅から隅まで嘗め回してソフト開発。バンクメモリ、グラフィックメモリ直駆、I/Oポート直駆、アセンブラ、なんでもありの時代。10万ステップのプログラムの全てが頭に入っていた。今では100ステップが限界か? (^^;
PC-9801RAに数値演算プロセッサ、40Mのハードディスクが付くと100万円もした時代。3度の飯よりプログラミングが楽しかった。エディタはMIFES、コンパイラはMicrosoft C Compiler、ワープロは重くて不安定な一太郎をやめてp1EXEに惚れる。今でもサードマシン(EPSON PC286、白黒ノート、640KbyteのRAMと1MのRAMディスク,MS-DOS2.11)で動きます。


30才

C++に出会う。オブジェクト指向。なんじゃそりゃ? 結局これまで自分が作ってきた手法がオブジェクト指向であったことに気づく。SUNワークステーションのUNIXでC++。30,000ステップもあったGUIソフトがオブジェクト指向でたった6,000ステップになった。オブジェクト指向は素晴らしい。データベースはオブジェクト指向データベース。それまでのメモリ展開をデータベースにするのにたった1ヶ月。中はポインタの雨嵐。でもモデリングがしっかりしていたから見た目のすっきりだし、効率は極めて良かった。メンテナンスも楽々。
数々の他人が作った突貫工事ソフトをこの世から抹殺し、リメイクしていたのもこの頃。ソフトにはアルゴリズムが一番大切。分厚い設計書もバリバリ書いた。中身はアルゴリズムとデータ構造ばかり。設計書ができるまでは1行たりともプログラムは書かなかった。モジュール仕様書(関数呼び出し)はプログラムから完全自動生成。ワープロはMicrosoft Wordに。でも、設計書の多くはExcelで作った。VBマクロは便利でした。Windowsに触れたのもこの頃。でも、Windows3.1はmallocさえ使えない。何で? 所詮MS-DOSのおまけだと思ってました。Visual C++やVisual BASICも一応は触るも開発には使わなかった。
絶対ノートPCはトラックボールに限る!! と、熱く語りたい DELLのノートパソコンLattitude XP-4100Cを使ってたのがこの頃。「ノートはトラックボールに限る!!」となってしまい、今はLet's note。トラックボール以外は使えない体となりました。しかし、今はついにマシンスペックの関係からトラックポイントのThinkPAD X31を使っています。使い難い....(T_T)


35才

理想の開発環境 Borland C++ Builder 訳あって故郷に転職。ついにプログラミング業界から離れる。と同時に個人用のパソコンを組み立てる。Niftyのフォーラムに没頭したのもこの頃。理想の開発環境Borland C++ Builderが出たから、仕事の合間にちょいとプログラミング。結構楽しい。Windowsのプログラムが簡単にできてしまう。夢のような環境だ。
インターネット環境もでき、Niftyでホームページが持てると聞き、早速HD容量だけは確保する。でも半年以上放置してました。Borland C++ Builderの習得もかねていくつか簡単なアクセサリを作成。結構重宝していますが、とても公開するような代物ではありませんのであしからず。
BCBを使ったプログラミングの紹介空間「日曜日にBCB!」も作っています。一度ご覧あれ。


36才

ZipFinder 1年ほどFNIFTERMのRes書きを命としましたが、結婚してそれも許されず。今は愛娘のをデジタルカメラで撮るのが楽しみです。郵便番号検索ソフトに気に入ったものがないので、ついに自作を決意する。そしてホームーページ「寿空間」を開設して「ZipFinder」を公開。
そしてついにDigital Design Technologyなるワークグループを設立、と言っても私一人が名乗っているだけですが。


37才

異体字転 ZipFinderのあいまい検索の辞書作成、動作確認のために「異体字転」を作成。仕事でも法人名の旧字変換が面倒だったのも作成理由です。ZipFinderよりこちらの方が好評で雑誌掲載される。初めは「こんなソフト誰か使うのかな?」程度でしたが、ZipFinderとの絡みで辞書込みでフリーソフトとしたのが幸いしたのでしょうか。似たようなソフトウェアがないのが好評の理由でしょう。
ドクターUnits ZipFinderより前に作っていた数式処理ライブラリを活用して「ドクターUnits」を完成。やっぱり仕事に活用してます。結構便利ですよ。本当は電卓を作っているのですが、日ごろから単位換算に四苦八苦していた自分用に先に開発。単位換算式を計算式を使って定義できるソフトは世界広しといえどもドクターUnitsだけです(当社調査結果より(^^;)。自画自賛ではないけれどもとても便利。英語版の作成も完了しアメリカでリリースを予定。でも集金システムとの契約が面倒みたい。単位換算全集第2版はヨーロッパ各国、ロシア、中国の単位を搭載して目指せ1,000単位だ! そして世界にはばたくのです(予定は未定...)。


38才

基本関数ライブラリ TipCal いよいよ電卓の完成です。「TipCal」と名づけました。Tiny Progressive Calculatorで「進化するちっちゃな電卓」の意味です。そして電卓と関数ライブラリを繋ぐ仕様を'Dynamic Mathematical Libarary-1'と名づけて作りました。DML1ライブラリ第1弾として基本的な62関数を収録した「基本関数ライブラリ」をリリース。気がつけば二度の正月をまたいでいました。これで電卓と関数を分けられる。関数はDLLで提供できるので電卓だけで使うのではありません。まずはドクターUnitsに繋ぎました。単位換算全集同様に目指せ1,000関数だ! あれ? 関数って1,000種類もあったっけ。(・・?)
BicEditor DMLに続き定数カスタマイズを目的としてBuilt-In-Constant仕様を作成。ドクターUnitsとTipCalで基礎物理定数等30種類を利用できるようにしました。同時に専用定数テーブルエディタとして「BicEditor」をリリース。組み込みとストック(除外)の選択、ユーザーによる定数追加までできちゃいます。エンジニアには至れり尽くせりでしょ、とまたまた自画自賛 (^^)


39才

寿分割 from 日曜日にBCB! 一年前から連載していた「日曜日にBCB!」の空間で作ったファイル分割アクセサリ「寿分割」をリリース。10話に渡ってDigital Design Technologyの開発ポリシーを独断と偏見で公開してしまいました。まだまだ追加したい機能も沢山あります。でも、プログラムを作るより、説明をHPに書くほうが大変でして。(-o-) ご安心を、DDTアクセサリ固有のアルゴリズムは決して公開しないトップシークレットですから(何が安心だ?)。
ユーザー定義関数ライブラリ そしてDML1ライブラリ第2弾として「ユーザー定義関数ライブラリ」を公開。同然基本関数ライブラリと同時に使えます。さらにDMLライブラリを充実すべく夜な夜な愛猫をなでているばかり。


43才(現在)

DDTソフトウェアのメンテナンスに勤しみたいも、仕事が多忙を極め怠りがち。毎月のHP更新はZipFinderの郵便番号データがほとんどm(_ _)m。アイデアがあっても時間がない。仕事のストレスがなかなか発散できない普通のおっさんと化してしまいました。

通信環境は、引越しを機にダイアルアップから光インターネットに。常時高速接続を生かしたソフトウェアを開発してみたいが、引越しでより遅くなった帰宅ではそれも叶わず。アイデアはあるんですよ!!! アイデアは... (^^;


65才(予想)

定年だ、年金だ、子供の結婚だ、と回りが騒いでいるにも関わらず、やっぱりプログラム開発にうつつをぬかす。売れもしないシェアウェアを作っては、訪問者もないホームページに載せる。養老院に行けばと勧められても「光ケーブルでLANがないところはいやだ」とごねる。回りからは偏屈じじい呼ばわりされるも、あくまでもマイペース。冥土の土産はいらないソフトがたんまり入った100テラのDVDディスクか?


Fin...(おいおい)

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