1996年に、ある季刊誌に「作家のつぶやき」と題して連載されたものです。

 

その1

釣り師
 私にとって、「遊び」は感情を自由に発散できる最高の時間で、創作意欲を生むための刺激を得る大事な時間でもある。

 ドキドキ・ワクワク、そういった刺激を受けるには、人と会ったり、美術や音楽鑑賞などが考えられるが、私の場合、一人、自然のなかに浸る事で新鮮な感情が湧いてくる。

 暇を見つけては、好きな渓流釣りに出掛ける。
 渓流魚は人に敏感なので、こちらは存在を悟られないよう、次から次へとポイントを探して上流へ上って行く。
 しかも、イワナなどを狙おうと思ったら、かなり山奥まで行かなければならない。
当然、自然も濃く、人影もなく、徐々に自然と一体になる。
 気配を消し、風景に溶け込み、何もかも忘れて釣りに没頭する。
 ワクワクしながら沢山のポイントを釣り歩き、やがて大堰堤に出会う。
「なんと、素晴らしい景色だろう……」
瀑布のシンフォニーを聴きながら、言葉に言い表せない刺激が体に伝わってくる。
 そのうちに空想が生じて、創作意欲が触発される。その感情を素直に作品に移入出来れば、
素晴らしいと思う。

 こうした行動は、刺激を得、感情を抱くという感性の働きから、表現活動にまで発展するのだろう。

 刺激をうける事が、創作意欲につながる。
だから、「また、釣りに行くの……?」という家族の冷たい呼びかけに、「作品のため」と一言残し、
新しい刺激を求めて今日も夜中の二時に家を出る。


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