2019年
1月号(第371号)
円象集 「父逝く」
菊花展一花一花に亡父の顔
湯灌してこの世に遺す木の葉髪
凍星やベテルギウスの生き延びる
蟷螂の誰に手向かひ誰護る
水引の風にくねりし古刹かな
野葡萄の熟るる間もなく父逝けり

2月号(第372号)
円象集 「冬天」
最後まで語らぬ思ひ開戦日
落葉して神鹿眠るばかりなり
傷付きてなほ傷付きて枯木立
冬日射すそれぞれ神の住める山
シリウスのせはしき光こぼしをり
冬耕の長き影率ゐたりけり

3月号(第373号)
円象集 「去年今年」
寂しきも哀しきも棄て去年今年
十一面全ての顔に年来る
初日射す眠れる街の眠るまま
田畑の消えゆく村や土竜打
穏やかな顔の薬師や冬曇
寒月を置き去りにして夜明けかな

4月号(第374号)
円象集 「春来る」
何処からか豆腐屋の声春来る
自転車の残せる風や春立てり
梅咲くやひつそりと佇つ小町塚
石仏の土に還りて竹の秋
春立つや山の奥処も空の澄み
囀りぬ川面を照らす陽を受けて

5月号(第375号)
方円秀韻抄
啓蟄や解体進む廃駅舎
円象集 「耕人」
耕人の訛りの強き立ち話
隣県を貫く道や雲雀東風
木瓜咲くや人目を忍ぶ小路なる
想ひ出をスマホに納め卒業す
老犬のまろき背中や麦青し
啓蟄や解体進む旧駅舎

6月号(第376号)
方円秀韻抄
初音聴く耳の神てふ磨崖仏
円象集 「初音聴く」
初音聴く耳の神てふ磨崖仏
野仏の目線に花菜畑かな
木蓮の主を偲ぶ如白し
うぐひすの一言経を唱へけり
本尊へ誘ふ如く椿落つ
春窮やミレーの描く貧農婦

7月号(第377号)
円象集 「新時代」
夏立つや時代をひとつ見送りて
昭和よりここに田のあり耕人あり
一木に花咲き尽くし散り尽くす
半眼の眺むる光夏立てり
古井戸の水増す八十八夜かな
城山にもののふ絶えて松の花

8月号(第378号)
円象集 「比叡山より」
麦の秋湖の東岸西岸に
鐘響くうちは黙して時鳥
文殊の字読めぬ人にも青葉風
黒南風や厳しき顔の最澄像
麦秋や部活帰りの白ブラウス
湖に来て湖風となる青葉風

9月号(第379号)
円象集 「青田道」
知らぬ間に県境なり青田道
あぢさゐの雨受けぬまま萎れけり
海の日や国へ帰れる貨物船
白南風や大社を囲ふ村社
紅白のそれぞれに散る夾竹桃
長考の片影に佇ち四半時

10月号(第380号)
方円秀韻抄
初盆や野菜嫌ひの亡父なりき
円象集 「蝉生まれ落つ」
空蝉のうつむけるものあふぐもの
蝉時雨潜りて駅に辿り着く
分校に子等の声果てつくつくし
初盆や野菜嫌ひの亡父なりき
鬱ぎ込む事の多くて処暑の風
蝉落つるあまりに軽き音立てて

11月号(第381号)
特集・朝人忌に寄せて
速足の師父なり稲田波多く
円象集 「実る」
早稲実る昔語りの山村に
愛憎を全て受け入れ式部の実
蜩や里に暮らしの気配なく
それぞれの定席にゐて虫鳴けり
露草や暫く影の続く道
零余子摘みまづ仏前にひとつまみ

12月号(第382号)
今年の私の四季
啓蟄や解体進む廃駅舎
夏立つや時代をひとつ見送りて
初盆や野菜嫌ひの亡父なりき
寂しきも悲しきも棄て去年今年
円象集 「命の束」
実石榴の未だ命の束を持つ
木犀の香り遺影に届きたり
秋高し路地を眺める露座佛
大和には山数多あり鰯雲
爽籟や五百羅漢の語るかに
雲去りぬ稲田に小雨含ませて